001:クレヨン


「あ、ちょっと待ってて」


いつもの道に出現したのは、
TVや雑誌で一時騒がれた、フランチャイズのコロッケ屋だ。


あつい、あついとさざめきながら、
波が引くように女の子たちが店先を離れて行った。

「コレ1つと…かぼちゃの1つ。1個ずつ紙くるんで下さい」

「はい、170円ね」

薄利多売なんだろうけど…安いよな。
ソースがじゅっと皮にしみる。

道の向こう側で待っている後輩は、珍しそうに俺の手のコロッケを見ている。

「普通のポテトコロッケと、かぼちゃのと、どっちがいい?」

「え?」

「一緒に食おうよ」

「…いいッス」

「腹減ってるだろ?
ココのは100%植物油で揚げてて、
衣もにんじんやトマト入ってて栄養バランスとれてるんだよ。
注文聞いてから揚げるから油も酸化してないし…」

待っていた間に目を走らせたうたい文句を並べてみる。
マンション群の中のエアポケットじみた、小さな公園に折れた。

木枯らしがきつい夕方、もう子供の影もない。
ベンチにバッグを落として座ると、彼も黙って隣に座った。

ほかほかと手を温める包みからは美味そうな油の匂いが流れてくる。

「コロッケ嫌いだったっけ?」

「じゃないけど、手、ベタベタんなるから」

「え?」

「苦手なんス。そういうの。…幼稚園とき、クレヨン持つのがすっげぇ嫌で」

油が滲みた巻紙の冷やりとした感触にぞっとして、
いくら手を洗っても落ちないような気がして、
『おえかき』の時間になると泣きそうになった、と、言う。

「じゃ、持たなくていいよ」

はい、と口に持っていってやる。
彼は落ち着きなく辺りに眼を走らせ、人が居ないのを確認すると、
さくり、と齧り取った。

「…あつ」

「こっちも食べてごらん」
「…ッス」

コートのポケットから手を出さずに、もぐもぐと口を動かしている。
雛みたいだ、と思いながら、俺も残りを食べた。

パン粉と油がついたのが気になるように、唇をしきりに舐めている。
俺は包み紙をゴミ箱に放って、ハンカチで指先を拭いた。

「…ごちそうさまっス」

母親が調えるバランス良い食事のおかげだろう。
思春期なのに、彼の皮膚は脂じみていたためしがない。

汗の匂いすら、どこか、樹のような植物性の感じがして。

クレヨンの話は、小さいときから、
潔癖さを剥き出しにしていた彼を彷彿とさせた。

「ありがとう」

「?」

「クレヨンの話。嫌だ、っていうだけじゃなくて、説明してくれたのが嬉しかった」

ぎごちなくでも、一歩ずつ。
俺からだけじゃなく、君からも、近づいて来てくれている。
そんな気がして。

「ヘンっすよね、そんなガキ」

「敏感だっただけだろ」

「…そうやって、…アンタは、いつも、何でもOKみたいに…」

彼は風に傷んだ頬をよけい紅くして、そっぽを向いた。

甘やかされたら、脆くなる、とその表情は言っている。

そうじゃないよ、薫。
人を立ち入らせまいと殻を築き続ける方が、ずっと中は脆弱になる。
殻は怯えだから。

だけど最初に、裸の君に触れるのは、俺にして。

ポケットに滑り込ませて重ねた手が、そっと握り返される。

あたたかい君の手。

Fin.