006:ポラロイドカメラ

Side Kaoru

5/10/17:35

「これ、明日のメニュー。少し変更したから」

「ッス」

急いで着替えて、目を通す。

「…夕方から、無いんスけど」

「ああ、明日はご家族とお祝いだろ?」

(何で、誕生日なんて…ああ、データってやつか)

「週末、母の日と兼ねて外で飯食ったんで、今日は弟とケーキ食う位で、

だから通常メニューで良いッス」

「そ…うか」

口を半開きにしてまじまじと見られると、なんだか落ち着かない。

「あの、折角気つかって貰ったのに…スンマセン」

「いや、俺が勝手に気を回しすぎただけだから。じゃあ、こうするか」

先輩は空欄になっていた夜の時間に、ガリガリ書き込みをして、また渡してくれた。

読みづらいけれどもう慣れた、尖った筆跡で

19時半スタートでコースB、

20時半に青春台公園でクールダウン、ストレッチ、

スローペースで帰宅、とある。

「少し多めだけど、多分、夕方の自主トレはないから」

「え?するッスよ」


5/11/15:45

「っというわけで〜薫ちゃんハッピーバースディ!」

「お前の14イヤーバースデー!ヒャッホォ!」

菊丸先輩と、桃城のヤローがクラッカーを鳴らし、

河村先輩と大石先輩が、切り分けたケーキを配ってくれている。

俺はといえば、不二先輩と乾先輩に上座に押し込まれ、

膝にケーキの皿とプレゼントを積み上げられて、身動き取れずに居る。

昨日乾先輩が言ってたのはこのことだったのか…

「はい先輩、先輩は炭酸よか烏龍茶がいいっしょ」

こいつがサービスしてくるなんて、珍しい。

「ねえ先輩、今日も夜ランするの?ついでにうちに来れば?

プレゼントにカルピンと思いっきり遊ばせて上げるからさ」

「カルピンと?」

思わず、あの猫と同じ位、でっかい目に見入ってしまった。

「残念だが越前、今夜の海堂のメニューは自主トレが潰れるのを見越して

長めのランニングとストレッチを組んである。猫と遊んでいる暇は無い」

「…ちぇッ。先輩、プレゼントずっと有効だから、いつでも来てよね」

「ああ」

頬を膨らませて越前が離れると、先輩は、何故か笑って、くしゃりと俺の頭を撫でた。

俺はあんまり、人に触られるのが好きじゃないし、すぐそれが顔に出るから、

未だに触れてくるのは、菊丸先輩と、桃城と、越前と、…乾先輩位だ。

乾先輩の場合は、練習で必要があって触れるんだが、

(ストレッチだとか、フォームを直すとか、筋肉疲労のチェックだとか)

必要ねぇんじゃないか、と思うのが、この、頭を撫でるときだ。

なんか、子供扱いされてるようで、厭じゃねぇけど、

あんまり、面白くない…って感じること自体、ガキみてぇだから、言わねぇけど。

見上げると、いつも、ひどく優しい目で微笑う。

でっけぇな、と毎度改めて思う。

兄貴が居たら、こんな感じかもしれない。

タメで、兄貴が居るのは不二裕太位だけど、あすこんちは兄貴のがちっせぇし、

それ以前に兄貴の話すっとヘソ曲げるから、聞いたことはないけど。

パシャリと、フラッシュが弾けた。

「うん、いいショット」

不二先輩がひらひら乾かしているポラに、乾先輩が手を伸ばす。

「おっと乾、幾ら出す?」

「あっ不二先輩、俺も撮って下さいよっ」

「俺も俺も!」

「先輩達邪魔っす」

「あはは、海堂が写らなかったよ」

…疲れた。


5/11/20:25

「ほぼ正確なペースだな」

「ッス」

街灯の陰に、ぬっと大きな姿が立ってる。

先輩もランニングか…

背負っていたボトルのアイソトニックを飲み、先輩と組んでストレッチをする。

「夜はまだ冷えるな。汗はよく拭けよ」

最後の屈伸を終えて、ちょっと頭を下げて、また走り出そうとすると先輩が腕を掴んだ。

いつも冷たい、でかい手が、今夜は熱い。

俺の体温が下がってるのかな、と思いながら、先輩の顔を見る。

街灯を背にして、よく見えなかった。

「3分だけ、いいかな」

「ッス」

「誕生日おめでとう」

薄い包みが差し出される。

「あの、でも、もう」

「あれは桃と英二が音頭とって皆でお金集めて買ったプレゼントだけどね、

これは俺個人のプレゼント。気にするほどの物じゃないから」

なんとなく、受け取ってしまった。

「開けてみて」

それは、強い藍色の、バンダナだった。

「ありがとう…ございます」

「してみて?」

「え?」

まごついているうちに、先輩の手が、俺が巻いているバンダナを取って、

まだひんやりと糊が効いたそれを巻きつけた。

「うん、やっぱり似合う」

「ど、どうも」

「前髪が下りてるときも、可愛いけど、

こうしてるのが一番、海堂薫らしいね。

それに、この方が…しやすい」

先輩が身を屈め、温かいものが、額に触れた。

そしてそのものが離れると、触れた場所が、風に冷やりとする。

「な、何スか?」

「この方が、キスしやすい」

「キ、キスっ?!あんたlッ、俺に、ッ、な、なな、何でッ」

「…来月までの宿題。何で俺がこうしたか、考えてきて。じゃ、おやすみ」

タッタッと軽い足音で、あの人は遠ざかる。

わ、わっかんねぇよ!

全力ダッシュで、走り出す。

何故かもう全身熱くて、じっとしていられない。

…からかってんだ、きっと。冗談に決まってる。

畜生、海堂薫を、なめんじゃねぇ!



Side Sadaharu

5/12/0:15

不二からせしめた写真をもう一度眺める。

さらさらの髪を撫でてやにさがる俺と、少しむっとしたような、稚い目で見上げている彼。

明日はどんな顔で俺を見るだろう。

俺が居ないときでも、俺のことをきっと考えてしまうはずだ。

ずるいのは承知、まっさらな君にどんどん自分を刷り込もうなんて。

でも恋と戦争と野球はどんな卑劣な手を使っても、勝ったものだけが正義だから。

おやすみ。



Fin.