029:Δ(デルタ)
(パラレル乾海featuring ○.○.t.u.)


「こういうの、嫌いじゃなかったか?」

俺はべったりとしなだれて腰を揺すっている赤い髪の女の尻を掴みながら、女の肩越しに彼を見た。

甘ったるい香料と体臭が、もう服に染み付いただろう。
香水からドレス、マニキュアまでAnna Sui。

19位だから、かろうじて、まだ重力に逆らっているけど、

握り締めたら、溶けた脂が指の間から滴り落ちそうな気がするほど、

だらしない肉の塊。

どっちかというと、黒い髪が短い、猫のような眼のもう一人の方が好みだったんだけど、

札を折り畳んだ途端に、赤毛が俺に貼りついた。

腹の肉に食い込んでいるGストリングスに、札を滑り込ませると、

嬌声が、メロンみたいな乳房を震わせる。

暑苦しいな。

そばかすの浮いた、きめの粗い皮膚が視界いっぱいに広がる。

怒るかと思った彼は案外無表情に、「悪くないッスね」と答えた。

何が可笑しいのか、黒髪の猫は彼の眼を覗き込んで、喉の奥で笑って、

乗り上げていた膝から滑り降りると、ダンスフロアを指差して彼の腕を引っ張った。

音楽はトランスから、甲高い女声のレトロなクラブサウンドに変わっている。

showmeloveshowmelove gimmeallthatIwant showmeloveshowmelove gimmeallthatIwant

白系ロシアらしい猫と見劣りしない彼の長い四肢が、単調なリズムに揺れる。

そういえば、音楽が好きだった。

悪戯で彼を鎖で繋いで閉じ込めたとき、「何でも買ってきてあげる」と言ったら、

彼は音楽が欲しいと言ってCDを39枚も買わせた。

何かが、耳を濡らす。

「любимый мой」

あ、個室営業ね…英語がわからないらしい女に、

そこらの紙ナプキンに図を書いて意図を伝えるとビジネスライクに、金額を書き添えられた。

今日は驚いたり嫌がったりというのが無い日だな。

そして投げ出される世界共通語。

Safesex。

薄暗い部屋の中でなお薄暗いベッドの帳を分けて、猫が彼を連れて入ってくる。

跪いてベルトを外す猫にされるままにしている彼の顎を捉えて、105日ぶりのキスをする。

止めようか?と見上げてくる猫に、目線で、続きを促しておいて、

柔らかい髪をかきあげ、凝っと揺るがない彼の眸を覗き込む。

「嫌いだと思ったのに」

「コトバ通じねえから、喋んなくてよくて楽」

「可愛くないな」

「あんたの意地悪、最近切っ先鈍い」

にやりと笑うと、俺を突き倒しておいて、彼は猫のバタフライを外し始めた。

仕方ない。今夜はこのミルク色の海に溺れてみるか。

たまには悪食。

Fin.