032:鍵穴



侑士が、電話に出ない。

呼出はしているのに、やがて留守電に切り替わってしまう。

放り出した携帯が震え、飛びついた。


「周助、あいつ居ねえか?」

「ううん」

「ちっ」

「…何か、あったの?」

「関係ねえ」


唐突に切れる。

景吾もいい加減、日本語を覚えて欲しい。

携帯を見つめて、でもリダイヤルを廻すことが、出来ない。


気がつくと、僕は侑士の部屋の前に居た。

使ったことのない合鍵を差し込む音が廊下に響き渡り、

自分の動悸が、耳に痛い。


どこにも灯りはなかったけれど、奥に侑士が居る気配はわかった。

Uターンして逃げ出したくなる気持ちを殴りつけて、深呼吸した。


「侑士、僕だよ。周助。勝手に来てごめん。上がっていい?

イヤなら、返事しなくていいから、鍵置いて帰るから」


震える手を叱るように、僕は手の中の鍵を握り締めた。


「…ええよ」

彼の声は、何年分もに思えた間の後、小さく聞こえた。

もどかしく靴を脱ぎ捨てる。

侑士は制服のまま、ベッドの傍にうずくまっていた。

近づいても、侑士の心が僕の届かない遠くにあるのを感じる。

いつも傍にいて、侑士に何が起こったのか知ることが出来ない僕は、

侑士を何から守ったらいいのかさえ、判らない。


今、抱きしめたら、脆く崩れてしまいそうな侑士に触れることさえ怖い。

どうやったら伝えられるんだろう。

君が痛いと、僕も痛いんだって。

君の痛みや悲しみが何なのか、何が原因か、

わからない分もひっくるめて、無力な自分が悔しくてたまらないんだ。


流砂の中に沈み込んでいくような切なさのやり場がなくて、

僕は君を放って置くことができない。


ごめんね、侑士。


僕は膝を折って、おずおずと、侑士の髪を撫で、そっと、腕をまわす。

はなびらを、散らさぬ程に、精一杯のデリカシーを込めて。


侑士はびくりとしたけれど、動かなかった。

…払いのけはしなかった。


「ありがと」

「…何、言うてるんや」

くぐもった声。

「閉め出さないでくれて」

「あんなあ…今、お前の面倒まで見てられへん。泣かんといて」


言われて初めて、僕は自分が泣いていたのに気づいた。

「…ごめん」

僕は袖でごしごし、顔を拭って、もう少しだけ、侑士を抱く腕に力をこめた。


相手を思いやるより 自分の肩で泣いて欲しい

自分だけは閉め出さないで欲しい と要求することしか できない。

好きだから 許されることなのか それすらも わからない。


ただ こうせずには いられない 幼過ぎる僕を許して。

Fin.