044:バレンタイン


薄められたスポーツドリンクの味にも慣れた。

その方が吸収がいいんだって先輩は言う。

うっすらと舌に残る偽モノのグレープフルーツの香りは、
少しきつい位の量の運動を終えた満足感に似ている。
いや、シンクロする。

肩に触れる、大きな掌が熱い。

「ちゃんと拭けよ。肩が冷えてる」

俺は急いで大判のタオルを羽織った。

「今年の気温が異常だからな…あ、そうだ」

ジャージのポケットを、ごそごそ探る。

へにゃ、と変形した…板チョコ?

「ちょっと、溶けちゃってるけど」

銀紙の上からめり、と折って、
やぶけた銀紙ごと、半分くれた。

「カロリー摂って、体温上げた方がいい」

「…どうも」

貼り付いた銀紙をむきかねて、見ていると、
にやにやしながら、俺を見てる。

「むいたげようか」

「いッス」

「むかせてよ」

だるい疲労がこもる指先は、一瞬力がはいらなくて、
(それに、握り締めたら銀紙からあふれ出そうで)
簡単に奪られた。

ごつい癖に器用に動く指先が、
チョコには触れずに、リンゴみたいにくるくると
銀紙を除っていく。

「はい」

ぼんやり見ていた口に、押し込まれる、
甘い味と香りが、もったりと、
口の中を塗り込める。

母親がいつも買い置いているのは
1mmほどの薄いリンツで、
すぐくっついてしまうからと、
冷蔵庫に入れられている。

きんと冷えたその薄板が、唇でぱりんと割れて、
すぐ舌の上で溶けて消える、
それが俺の知っているチョコレート。

儚くて淡い菓子。

「俺、こういう溶けかけたチョコが一番、
香りも味も濃くて好きなんだ」

なんだか楽しそうだ。
俺は、そんなに、変な顔をしているんだろうか?

チョコはもう喉を焼くように滑り落ちていったのに、
口の中はまだ甘い。

軽くひっかかれた痕のように、むずがゆい味。

溶けかけのアイスクリーム。
つぶれたスナック菓子。
のびたカップラーメン。

美味くないのに、妙に、突然猛烈に欲しくなるような、そんな味を、
先輩は俺にひとつずつ教え込む。

何の、ためなのか、訊こうと思うのに。

ジャンクな味に捉われた舌は、うまく動かない。


Fin.


味覚の一致が生活の基本と、刷り込みに励む先輩。