046:名前
「…なぁ、ええか?」
主語を省略する癖。困るんだよね。
「ええやろ?」
煙草の匂いが近付く。
「嫌なら嫌って言わんと」
首に巻き付く手が僕を自分の胸に押しつける。
「…判らへんやん」
固い指が僕の閉じた瞼をなぞり、唇の端に滑って行く。
「笑とる」
耳元で、そんなため息みたいな声、反則だよ。
僕の骨は海月みたいに、やわらかくなって、
顎をつかむ君の掌の上で、ちいさく震える。
「ゆうし」
君の名前を、それだけを僕は唇に上せる。
もっときつく抱いて。
指を結び合わせて。
奥まで侵入って。
熱を零さないで。
すべて伝えたいことを、君の名前に結び付ける。
君はちゃんとわかってくれる。
「好きやで…えらい重症や」
ねえ、だれが、か言ってよ。
「あ…ゆうし…!」
「不二だけや」
熱を放って、だるい腕を絡めて、
眠りかけた耳に、滑り込む、掠れた声。
「メチャクチャ大事やのに、優しィにする余裕もあらへんのって」
小さなキス。
「不二…やめ、って…俺やばいちゅーねん
!あ…もう知らんで、明日起きられへんでも」
もう、今日だよ。
僕の唇の微笑うかたちを、
君の指先が辿る。
僕が君を呼ぶ度、
君の名を呼ぶ度、
僕は…
Fin.