砂礫王国



走って来た君は、ビール半杯で、もうことりと眠ってしまった。

ゆっくりと手の中で傾いたコップを取り上げ、

生ぬるくなった苦い水を、流し込む。

俺の熱は、こんなものでは少しも下がらない。


人工的に冷やした空気の中で、眠っている君の体温が下がらないように、

なるべく広い面積が触れるように、抱き締める。


胸に背中を抱きこみ、頬を押し当て、幾ら鍛えても細い頚に腕を巻いて、

剥き出しの脚を自分の脚と絡める。

腹にかけたタオルケットの下で、俺と君の作る温度が上昇していく。

エアコンの唸りを圧していた雨音は、遠ざかりつつある。

やっぱり、通り雨だ。



ランニングとハーフパンツに、薄い撥水パーカーを羽織った君は、

真っ黒い髪の先に雫を光らせて、黙って立っていた。

耳にかけた銀色のヘッドフォンから漏れるビートが、アルミの切片の形に結晶して、

足元に積もっていって、君を見えなくさせるような気がして。

俺はパーカーのポケットから伸びた線を掴んで、君の耳から外した。

パーカーのジッパーを下ろして、むしりとり、

君の薄い胴を肩に担いで、靴も剥ぎ取って投げた。

片方のポケットにipod、もう片方に携帯が入っているらしいパーカーは、

ゴトンと音を立てておちた。


どちらも服を脱がないまま、バスルームの床に縺れ込んで、

熱いシャワーを叩きつける。

彼はバンダナを外して、顔を拭い、

「帰れなくなっちまうッス」と呟いた。


いつからか、俺たちは二人だけのとき、極端なまでに喋らなくなった。

君は俺の多すぎる言葉を信じないし、俺は君の足りない言葉にイラつく。

だったら言葉は無い方がいい。



さっき投げたヘッドフォンが、まだ健気にビートをこぼしながら、長く床に伸びている。

彼が熟睡しているのを確かめて、俺はそっと、片耳にそれを押し当てた。

Where are we runnin'
We need some time to clear our heads
Where are we runnin'
Keep on working til we're dead
Where are we runnin'
Oo wee oo wee oo
Where are we runnin' now



Fin.