062:オレンジ色の猫

知らないにおいの毛布。あったかい。

…あれ?パジャマ、着てな…

「こっち向いてよ」

ラケットみたいに僕をくるっと返す腕。

ばらばらの記憶が集まってくる。

でも彼の名は見つからない。

「おはよ」

鼻がくっつきそうに、覗き込んでくる目。

思わずぎゅっとつぶった瞼に、キスされた。


暗いフロアで、でも君の目は真上の太陽みたいに悪びれなくて。

「こんな子見つけちゃって、俺ってラッキーv」

いっぱいの笑顔も曇りなくて。


太陽のあたたかさと明るさは、誰か一人のものにはならない。

途方もなく苦しかったことが今夜は嬉しい。

僕は寒かったから。

否応無しに慣れてはきたけど。

乾いた胸がひび割れて、冷たい夜が苦しい。

ひとりぼっちだから。「誰か」といたくなる。

名前もわからない「誰か」がいいんだ。

好きな人は、傍にいてほしいとき、居てくれない。

ううん、ずっと、多分もう決して、僕の傍には居てくれない。

温もりとか、優しい言葉とか、キスとか、

僕を途方もなく幸せにした彼の欠片も、僕は求める資格を無くしたらしい。

何故か考えるのはもう疲れた。

彼を好きでいるのは、ただ一方的な熱の放射に過ぎない。

何も返ってはこない、期待で買えるのは失望だけ。

だのに僕はやめられない。


横柄でも柔らかい景吾の唇。

大きくて優しい桃の掌。

ぶっきらぼうで静かな手塚の眼。

容赦なく現実に引き降ろしてくれる乾の声。

生意気で可愛い越前の笑顔。

どれかに縋れたらいいのに。

だけどこんな欠片だけの心しかない僕は誰にも上げられない。

「泣かないで」

唇が、今度はほっぺたを撫でる。

掌が、あたたかく髪をさする。

優しくしないで。君を好きになりたくないから。

好きって気持ちを思い出したくないから。

顔を見られくなくてしがみつく。

「カワイイなあ」

いきなり侵入ってくる指まで屈託ない君。

誰かに似ているから、大嫌い。

でも今は君の熱が必要。

Fin.