069 :片足

(このお話では都合上海堂君は青学テニス部には居ません)

「今夜さ、靴下下げときなよ、乾」

笑顔の下が得体の知れない友人が、

笑顔を増量させて言った。

「生憎3歳でサンタを信じるのは止めたんだ」

俺はごちゃごちゃなロッカーの整理を諦め、

出したものをまた詰め込むと扉を閉めた。

「だ・か・ら、乾んちに、来なくなったんだにゃーサンタさんは」

「信じていれば中学生のところにだってちゃんとサンタは来るのにね」

奴らの一見愛らしい笑みも俺にはTVで観たグレム○ンがオーバーラップする。


フィービー・ケイツが語るクリスマスのトラウマ。

クリスマスの夜から行方不明になったパパは、

サンタの格好のまま煙突に詰まって出られなくなって死んだ。

翌年燻製になって発見された。


幸いうちには煙突は無い。

「じゃあ、お前たちのところに来たら、ついでに俺のとこにも来るように言っといてくれ」

「合点だにゃ!」

「あ、ミルクとクッキーも用意しとくんだよ」


誰もクリスチャンでもないが一応、

夜は家族揃ってチキンやら、ケーキを食べた。

こういうのは悪くない。

親の口座の引き落とし許可を貰って買った

シュミレーションソフトをインストールし終えると、

ほぼ夜中になっていた。


「ふう…」

バキバキ言う肩を回して、コーヒーでも入れようと立つと、

充電していた携帯が光っていた。

「件名:メリークリスマス!

ちゃんと靴下とミルクとクッキー用意した?

写真で送ってくること!不二」

これでやらなかったら何が起こるか判らない。

(奴は自分が面白がるためには自分と弟以外の血を見ても構わないという男だ)

洗濯した靴下をベッドのヘッドボードにひっかけ、

キッチンを漁ってみつけたクラッカーを皿に載せて机の端に載せる。

ミルクは…ごみ箱に、空になったカートンが1つ。

今日のシチューに使ってしまったらしい。

冷蔵庫に飲むヨーグルトが1パックあった。

これでも、まあいいだろう。

携帯のカメラで撮った写真は我ながら寒かった。

「件名:Re:メリークリスマス!

これで精一杯だ。乾」

速攻の返事には、クッキーをくわえた菊丸(サンタの帽子まで被っている)

の写真が添付されていた。

「件名:まぁこんなもんだね

英二はこんな悪戯するからこれからお仕置きだ☆

じゃあね。不二」

やはり奴らに遊ばれていただけのようだ…

どっと疲れが出て、ベッドに転がる。

サンタクロースにお願い、か…

今夜どれくらいのこどもが、サンタを待っているんだろう。

ほんとにサンタが飛んでたら、呆れるだろうな。

イヴにかこつけて不埒な振舞におよぶ奴らの多さに。

最初にぼんやりした視界に入ったのは赤い帽子だった。

カーテンを閉め忘れたので部屋はうっすら物が見える程度の暗さだ。

(…英二か?!どっから入ったんだ?!

しかし英二たち(こういう場合必ず不二も来る)なら、

こっそりプレゼントを置いて行くなんて可愛いことをするわけがない。

まず寝ている俺の腹にダイヴする確率100%…)

乾は薄目で様子を伺った。

「だ…暖炉が無ぇ場合、どうすんだ…!」

押し殺した低い声は、明らかに英二ではなかった。

帽子だけではない。

縁に白い毛皮をあしらった赤い上着に、ハーフパンツ丈のズボン。

…ハーフパンツ丈?

クリスマスカードや人形のサンタは皆太った老人なんだけど…

可愛い緑色チェック柄の包みを握り締めたまま、

焦った様子で部屋を見回している

すらりとした姿(特に脚はまっすぐで細くて素晴らしい)は…

どうやら、靴下を探しているらしい。

確かによく暖炉にぶら下がった絵を見るけど、

普通マンションの部屋に暖炉は無いだろう。

律義なコだな。

「ベッドの柱…」

呟いて、くるりとこっちを向いた。

(目つき悪っ…!)

大きな三白眼が射抜くように光っている。

「あった!」

だが、小さく拳を固め、

ぽってりした唇を綻ばせると

きつい顔立ちが、急にあどけなくなる。


いそいそとやってきた彼は、

足元の雑誌の積み重なりに躓いた。

「う、あっ!」

どさりと、倒れて来た体を、受け止めた。

「へぇ……サンタクロースなんて本当にいたんだ…」

片手を伸ばして、読書灯のスイッチをひねる。

彼は、口をぱくぱくさせて、声が出ないようだ。

完全にパニックに陥っているのだろう。



「君、不二に言われて来たの?」

「…?」

「君、ほんとにサンタ?」

「み、見習いッスけど。あの、これプレゼント…」

「そんなプレゼントよりも、俺としては君の方がいいんだけど?」

「お、俺?俺って?!」

おろおろする彼があまりにかわいらしくて、

…なんだか苛めたくなってくる。

乾はゆっくりと膝を立てて、彼の脚の間に押し付けた。

「こういうこと」

「わ、わかんねぇよ」

慌てて身を引こうとする腰に手を回して、

もっと強く押し付けた。

「君、なんて名前?」

「海堂薫」

「じゃ、教えてあげるから目、瞑って、薫」

ぎゅっと瞑った瞼に、そっと唇を触れ、

頬から、厚めの唇に滑らせる。

柔らかくて温かい。

啄ばむように角度を変えて触れていくと、

顔が、ぶるぶる震えだした。

「…息していいんだよ?」

「ぷはっ!」

開いた隙に、噛み付くようにまた唇を合わせる。

「んっ、んううっ!」

帽子が落ちた。

さらさらの襟足に指を食い込ませて動きを封じ、

逃げ惑う舌を追いかけ、吸い付いて、味わった。

「んーーっ!」

懸命に押し離そうとする薫の手にぐっと力が篭り、

舌先を噛まれかけて、乾は慌てて唇を離す。

身体を反転させた薫がベッドから落ちかけ、

咄嗟にベルトを掴んで引き戻した。

「やっ、離し...」

「びっくりさせてごめん、落っこちたら危ないから暴れないで」

後ろから囁いて、そっと抱き起こす。

長い脚をベッドの端から下ろして腰掛けた薫は、

俯いたまま、拳を膝に固めて、動かずにいる。

サンタクロースは人間じゃないとしたら。

もしかして何かとても傷つくようなことをしてしまったんだろうか、

と乾は今更ながら、慌てふためいた。

「大…丈夫?」

掠れてしまった声が我ながら情けないと思いながら、

背中に向かって訊いてみた。

薫はただ弱弱しく首を振った。

「寒いの?何か、あったかいもの飲むかい?」

「要らない…ス」

しゃくりあげるような声が、つきんと胸を刺した。

思わずベッドを降りて、薫の前に膝を突く。

覗き込んだ顔は紅潮して、呼吸も切羽詰っている。

額に手を当てようとした途端、

のけぞって避けられ、バランスを崩した体は折り重なった。

「…君…」

密着したら歴然としていた。

「こんな、の、おかしいっ…」

「どうして?」

泣き出しそうな目尻に唇を触れ、

乾はそっと薫の手を自分の同じ場所に導いた。

「同じだろう?」

こぼれ落ちるんじゃないか、と思うくらい、

大きな眼がさらに瞠られる。

「あんた、も…こんな、なってんのか?

俺の、がうつっちまった…?」

「違うよ、病気じゃない。誰でもなるんだ。

好きだと思う人に触れたら」

囁きながら、布越しに彼の熱くなったものを包むと、

よく知っている脈動が伝わってくる。

「あっ…俺、あんたが…好き、なのか?」

「そうだよ。俺が好きじゃなかったら、こうされたら気持ち悪いはずだ。

でも、君、気持ちいいって思うだろう?」

先端を引っ掻くようにすると、ぶるりと全身に震えが走る。

(ほんとは、俺達位の年だと、机の角で擦ったってこうなっちゃうけどね…)

薫の不安につけこんででも、乾は彼に触れたくて、止まらなかった。

「はっ、…ああっ!」

「このままだと、服汚しちゃうからね」

ベルトを解いて、下着ごとずり下ろし、直に触れる。

薫は馴れない快感を受け止めるのに精一杯で、

乾の手を押し留めることも出来ない。

「ぅ…っ!」

一瞬、強張った薫の身体は、くたりとベッドに沈む。

簡単にティッシュで拭いて、身づくろいしてやると、

焦点が合ってきた眼が乾に向いた。

「あんた、は…?」

「ん?」

「あんたも、あんなになってた…」

「ああ、気にしないで。俺は自分でなんとかするから」

「ダメっす!」

汗ばんだ手が、いきなりスウェットの中に入り込んで来て、

乾は飛び上がりそうになった。

薫は力任せにスウェットとトランクスを引き下ろして、

乾がやったように、乾自身に触れだした。

ぎごちないけれど、懸命に、手に余るモノを扱き、

乾に快感を与えようと屈みこんでいる姿がたまらなく、可愛い。

「あ、薫、いい…よ…!」

「ぅわっ!」

勢い良く噴出したものが、薫の顔を濡らした。

「ご、ごめん!」

慌てて枕元のティッシュをつかみ出し、呆然としている顔を拭く。

「い、今タオル持ってくるから、ちょっと待ってて」

お湯でタオルを絞り、戻ってくると、

彼の姿はどこにもなかった。

「薫…?」

思わず腰を落としたベッドで、かさりと言うものがあった。

緑のチェックの可愛い包み。

その下に、机に散らかっていたメモ用紙に丁寧に書かれたメッセージ。

『俺は上げられないから、やっぱりこれを貰って下さい。

Merry Christmas

PS ヨーグルトありがとう』

入っていたのは、ブルーのリストバンドだった。

それも市販しているものより重いウェイト入りで、

売っていないけれど欲しいなあと思っていた通りのものだ。


「ほらね、僕の言う通りにしたら来ただろ、サンタクロース」

「お前に言われると信じるのが癪なんだが確かに来た」

乾はジャージの下に嵌めたリストバンドを確かめ、溜息をついた。

「サンタの見習いはね、届ける子供の願いを神様に聞いて、

一生懸命その願いをかなえるプレゼントを作ってるんだよ。

そのプレゼントを喜んでもらえたら、本物のサンタになれる」

「本物のサンタになったら…また来てくれるのか?!」

「さあ、そこまでは知らないけど、とりあえずそう願ってみたら?」

あれから一年。

乾はまたヨーグルトを用意し、クッキーも買い込んだ。

だが、靴下は吊るさない。

薫はきっとまた戸惑いながら、律義に靴下を探しに来るだろう。

自分が入るような大きな靴下を。





Fin.

昨年SAMURAIDRIVE様で配布されていたクリスマスイラにあわせて
書いてしまったヨゴレファンタジーです。金城様すいません。