082:プラスチック爆弾


灯りの点いてない部屋のドアが、半ば開いていた。

前に立ち止まると、「ドア、閉めて、裕太」という声が間髪入れずにかかる。

奇妙に明るい声が、危険信号を告げる。

俺はドアを押し開け、灯りをつけた。


眩しそうに眼を眇めて、ベッドに座った兄貴の頚と、

ドアノブを繋いだロープは、弛んで床に這っている。


手の震えを見られないように、背を向けて、ノブの方をほどいた。


「あァあ」

兄貴は大袈裟に溜息をついて、ロープの環から首を抜き、

ベッドに転がった。


枕元のごみ箱には、タブレットの殻が無造作に突っ込まれて、

瞳はうっとりと、ぼやけている。


「もう、一年経ちそうなんだ」

恋人だった、短い期間の始まりは、12月頃じゃなかっただろうか?

「同じ色の空の下で同じ温度の朝も昼も夜も、来てしまうのが…怖いんだ。

英二がいないのに。もう僕といないのに」


伸ばされた手を握り締める。

冷たいのに汗ばんだ指。

体を丸め、時折びくびくと震えながら、兄貴は不安定な眠りに落ちた。


片手を繋いだまま、机の上に転がった携帯を取る。

最新のリダイヤルは名前表示がないけれど、確信があった。


「…なんや、不二」

「あんた、忍足だろう、氷帝の」

「…あぁ、弟クン。兄貴うざがって家出しとるんやなかったん?」


俺は深く息を吸った。


「妙な薬、流すの止めてくれ」

「ただのダウナーや。おかしな真似するんやったら、医者担ぎ込め。

薬のせいやない」


ぶつりと切れる。アドレスを探しても、菊丸の番号はもう、無い。

俺も知らない。


誰か兄貴を、

俺を、助けて。

Fin.



ドアでやるにはもうひと手間要ります。
これでは絶対死ねません。
危なくて実効性あるやり方なんか書けませんから。