092:マヨヒガ


そばに居て。
ちゃんと居て。

そつなく滑らかな言葉で
人を受け流す不二周助はここには居ない。

俺と雑誌の間に入り込んで、
むずかる子供の顔をして、

侑司、侑司、と、俺の腕に絡みつく。

雑誌はがさがさと押し潰されて、
俺の憧れのファントムも、大破したみたいにくしゃくしゃンなる。

俺は、あァ、とため息をつき、
いくらか熱い体を抱き上げる。


した後。
俺の腕ン中で、
知らん顔で先に寝てまう癖に。

時折酷く体温を恋しがるのんな?


しゃにむに、鎖骨に鼻をすりつけてくる顔を
両手で挟んで、
目を合わす。


赤らんだ瞼の下の、
薄い色の眸が、
恥ずかしげに逸らされる。


「ここに居るやろ。二人で居るやろ。

何で淋しィなるねん」

不二は俺の手の上に手を重ねて、

「隙間がこわい」

とだけ、言った。

「何で」

「フラッシュバックが。

今の僕で居たいのに。

侑司と居て侑司が好きで侑司としあわせな僕を、

フラッシュバックが食ってしまいそうで」

…そんなに深く、冒されてんねや。
あいつ、ちゅうドラッグに。

そう、ドラッグだった。
習慣性の、中毒性の。

いっときの光で視界を失うような瞬間と、
かつえてもがいている長い時間の、ミルフィーユ。

この冷たくて整った顔をぐしゃぐしゃに泣かせて、
乱れがない胸のうちを洪水の址並に壊して、
あいつは何も取らず何も残さずに、去った。


…でも泣くことも甘えることも知らんままやったら、
お前は…


「好きや」

柔らかい髪を梳くのも

真中がふくらんだ唇の感触も

滑らかに舌が滑る揃った歯列も

薄く冷やっこい菓子のような耳朶も

浮き出た肩甲骨を覆うぴんと張った皮膚も

平静を装うのをやめた
微かに震える声も。

「周」

居るやろ。ちゃんと居るやろ。

「好きじゃなくてもいい。好きじゃなくなっても、」

そばに居て。

両方を望んだら両方を無くしそうだから。

爪を噛もうとする不二の指を唇から離させて、
不二と俺は、手を繋いで、ベッドに行く。

ここでだけ、お前は声を出して泣けるんや。

俺は知ってる。
お前よりも知ってる。

スイッチを入れたるから、
泣いてみ。
声を上げて。

ベッドは、夜ごと日ごとに、俺たちが逃げ込むシェルター。



Fin.