093:Stand by me
すきなひとに、ふれた夜は、
唇が微かに、灯を点す気がして、
顎を襟に埋めて歩く。
からだ中の温かさが、そこに集まっているのは、
外からもきっと、わかってしまうから。
「!」
衝突寸前。
見慣れた靴と足首。
「こら。ちゃんと前みて歩きなさい」
すきなひとの、声が降ってくる。
「これ、忘れてったろ」
…わざと先回りして、どこから見てたんだろう。
「うちから帰るときだけ、猫背になってる」
…そんな、きつかった?
ごめんね、これでも我慢してるんだけど。
囁きが、あちこち、ふれられた場所の熱を上げるから、
黙って、ひとまわり大きい靴の先を蹴った。
「顔、上げないのか?」
笑ってるのがわかる声。
指先が引き寄せられる。
「危ないから送ってく」
いつもみたいに振り払わない。
きっと微かに光を点しはじめた指先を、
隠してもらえるから。
すきなひとの、長くてごつい、その掌で。
Fin.
別バージョンが、"Samuraidrive"様へのささげものになりました。