098:墓碑銘
乾海落語・野ざらし 其の壱
前フリは乾と塚ですが単なる隣人です。
あくまでも乾海です。
前フリ長すぎますが、ラジプの影響で落ちキャラ部長が最近好きでして…
置鮎+つんちょ声でご想像ください。アッダルトに。
其壱 瓶覗
「手塚の隠居、おはよう、おはようったらおはようつってんだ」
長屋中に戸を叩く音が響く。
「痛いぞ。何をする」
「今あけるから待てといえば待つんだが、こうやって叩いてるとこに黙って開ければつい叩いてしまう確率は七割六分だ。
どうも戸にしちゃ柔らかいと思ったときは遅くてな」
「当り前だ、戸と一緒にする奴があるか」
…ワザとだろうが。手塚の隠居はそう思いつつ口では敵わない相手に反論は諦めた。
せめて入り込まれないように戸口にもたれ、腕を組む。
この隣人は上がったら最後、「ここはモノが無くて気分いい」とほざいて昼寝するわ、飯は食うわ、迷惑極まりない。
たまに酒でも提げてきても大半自分で呑んでいく。
「なんだこんな朝っぱらから」
「人は見かけによるぞ」
「それを言うなら人は見かけによらな…」
「いーーーやよるね。前からその無愛想なツラの下では結構アレだと思ってたんだよ、この、この!」
肋を小突かれて手塚がよろめいた隙に、乾は中に突進した。
「…あれ?居ない…でも出て行く音はしなかったぞ?手塚のところの戸障子は絶対2度がたつくし」
「勝手に人のうちの押入れを開けるな!」
手塚の怒号も馬耳東風に、乾は隅の箒を逆さに掴み、天井の角を突いた。
「曲者!…反応が無いな」
鼠が慌てて走り回っているらしい音がかさこそとして止む。
「止めんか、埃が落ちる。いったい何をしてるんだ」
「いや、昨日のアレはくのいちで咄嗟に天井裏に潜んだという線を考えてみたんだが…講談物だとこうするとくのいちは落ちてくる」
「お前、長生きするぞ」
乾は算勘指南をしている。今でいう経営コンサルタントだ。
他の誰にも判読できない帳面を抱えては旗本の家から石町あたりの大店まで出入りして財政建て直しをやってのけ、それなりに名も上がっているらしい。
何でこんな長屋に越してきたのか、一度手塚が訊ねたところ、住んでいるところの足の踏み場が無くなると引越すのだという。
「広いところに住むと、さらに散らかして収拾がつかなくなるし、俺、狭いとこのが落ち着くんだ」と笑っていた。
「じゃあ、昨日のアレはどこに行ったんだ?説明してくれよ」
「何のことかわからん」
「手塚は嘘をつくときは左耳に髪をかける癖があるぞ」
…ごまかしきれなかったか。
「夕べの夜中のことか」
「わかってるなら素直に白状しろってんだよ。隣は独り者が鎮座ましますんだ、あんな声がしちゃあ寝てられるわけがない」
「お前聞いてたのか」
「聞いたわ見たわ、色あくまでも白く、開かない眼もつぶらな琥珀色、
亜麻色の髪は柳の糸に靡き、立てば芍薬座れば牡丹、後姿が柳腰、年の頃は十六、八か」
「何で七が抜けとるんだ」
「質(しち)は先日流した」
「また要らないものを担ぎこんで借り倒したな…見ただと?どこから」
「こっちは何でも知るのが商売,筆立てには鑿も入ってるんだなこれが、ほらここに孔が開いてるだろう」
「威張ることか!」
「まぁいいから」
「…どこから見てた」
「お前さんの肩を揉んでいるうちにしなだれかかってたとこまでだな。
こりゃあ濡れ場と唾を飲んだら、かっとあの眼が覗いてる俺の片目を睨んだね。
綺麗なだけに怖いのなんの。
思わず伏せて後は音だけのデバカメならぬデバ耳って奴してるうちにうつらうつらして、
気がつきゃお天道様は高くて雀が鳴いてやがる…なあ、お前の声ばっかりしてたけど」
「いくらか怪談じみた話になるが」
「怪談は抜き。俺臆病なんだから、自分とこの手水場だって夜中一人じゃ」
「抜きでは話が進まんから聞け。知っての通り俺は釣が好きだ。
昨日丁度向島の三囲あたりでやっていたがどうも食いが悪いんで、段々に引かされて鐘ヶ淵辺りまで行った。
どこに行っても食わないときは食わない無論、釣れやせん。
こういうときは早仕舞いがよかろうと竿に糸を巻きつけていると、隅田多門寺の入相の鐘が陰に篭って物凄く、ボーーン、と鳴った」
「へえ、鳴りまして」
「四方の山々雪解けかけて水嵩増さる大川の、上潮南で岸を洗う水の音がざぶりざぶりと。
風が来ると枯れ葦がすうっと寝てそこからぱっと出たーーー!コラ!どこに行く!俺の紙入は置いていけ!」
「ちっ、気付いたか」
「当り前だ」
「怖くなるとこう懐がすうすうしやがるんで何かいれないと落ち着かないんだな」
「口の減らない奴だ」
「で、何が出た」
「下らないもんだ、烏(からす)だ」
「何だ、烏だ?烏ならお手軽にそう言いやがれ。で、その烏がどう」
「どうこうもない。ねぐらへ帰る烏にしては早すぎると、何の気もなく葦を分けていくと、そこに一つの髑髏があった」
「ああ、カラ傘の壊れたやつ」
「それはロクロだ。屍だ!」
「京浜東北線の赤羽?」
「いつの時代の話をしておる!人骨、野ざらしだ!」
「へええ、人骨野ざらし…げ、ほ、骨ってかい」
「何処の方か知れないが野に晒されて浮かばれまいと、そこで回向を試みた」
「エコー?ビッグ?カラオケ?」
「だから手向けをしたんだ!
『生者必滅会者定離、南無阿弥陀仏南無、弥陀仏』と腰に残った瓢の酒を骨にかけると気のせいか、
骨がぽうっと赤くなったので、ああ良い功徳をしたと、うちに帰って寝酒を飲んで横になったらどうしても寝ることができない。
すると、どこで打ち出す鐘かしれないが陰に」
「おっと待った、そいつぁ篭ったんだろう」
「ああ」
「陰にとくるときっと篭る確率九割九分五厘。もう篭る頃合だと思ったが篭り損ったろう、ははは」
「下らんことを言って喜んでいれば世話はない。続きはもういいだろう」
「いやそこで切られちゃ殺生だこの通り」
「鐘の音と共に入って『向島から来たんだけど、供養をありがとう。
っていうか君結構好みなんだよね老け顔だけど端正だし。とりあえず、まず肩でも揉んであげるよ』と、夕べのは、これだ」
「レイか」
「は?」
「ユウか」
「何が」
「ユウレイねえ」
「切れ切れに言ってどうする」
「綺麗だったよなあ、今イチ怖いけど、あんなん来るなら一丁、功徳しにいくか。
全く一人で功徳しやがって、この、この…で、どうだった?あの世のアレは」
「うむ…」
言葉を切った手塚の顔を覗き込んだ乾は、珍しく青ざめた。
「お、お前、今、『ポッ』って音聞こえたぞ!ほ、ほっぺたが桃色になってるぞ!」
「…たまらん具合だった」
「そ、そんなにイイのか。いや、それは三軒向こうの傘貼り浪人の口癖だろうが…よし釣竿、貸してくれ、」
「あっ、そんなに継ぎ竿をガラガラやるな、壊れる!」
「ケチケチするなって、じゃ借りてくよ〜」
竿を担いで飛び出していった乾が開け放していった戸障子を閉めながら、手塚はポツリと呟いた。
「男だったというのは言ったかな?…まあ、髑髏で性別がわかるものでなし」
005「釣りをするひと」に続く
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