0016:シャム双生児

「楽しかった、じゃ」

「もう電車ないだろ?泊まってけば」

「いいですよ、タクシーか、捕まらなきゃどこかで始発まで時間つぶします」

「…どしたの、急に」


ほんとに、お互い一人で歩いてて、ばたっと会って。

「飯食うの?じゃ、一緒に行こうぜ」

「…そうですね」


確かに、俺たちは一度別れた。

俺と居るとあいつはぼろぼろ端から崩れてくみたいで、
俺は怖くなった。

俺への執着。
俺なんかへの執着。

ひどく自信なさげに俺を好きだと言ったあいつを、
俺も本気で好きだった。

冷静で頭が切れて現実的で、
だのに俺といると溶けかけたアイスクリームのように
無防備に微笑う顔を見ると
息苦しいほどに幸せだった。

だけど最後の頃には、
眠っていてさえ泣いていた。

俺がわからない。
もう少し自分に合わせてくれないと、
どうかなりそうだ。

そう言いだしたところで、十分、あいつは壊れてた。

俺を追い詰めながら、
自分を倍の重圧で押し潰していくあいつに
恐怖がいとおしさを圧倒してしまう前に、
あいつの手を離して押しやることしか出来なかった。

俺ではあいつを救えなかったから。


向かい合って飯を食ってると
前のようにあいつは恥ずかしげに微笑いもしたし、
ほんの少し緊張して選んだ話題にも、
いちいち会話の呼吸はあう。

(なんか、一度別れたら、イイ友達になれたんじゃん?)


だのに、真夜中の道で、すぐそこを曲がれば俺んちだって、
まだ忘れてるわけないのに、
そんな辛そうな顔で、逃げようとする。


「僕はまだちっとも大丈夫じゃないんです」

他人に関してだけじゃなく、自分も仕事も社会も、
何もかもが一枚ガラスの外にあるみたいで。

道路に目を落としたまま、あいつはぼそぼそいった。
心の組織が全然回復してなくて、
皮膚もなくて剥き出しの裂けた肉がぼろぼろ腐っていってるようだと。

「そんな生傷みたいなところでうっかり人を取り込んだら、
もう、回復していく組織に根を生やしてしまいそうで、こわいから
もう人を好きになんかなれない」

誰かに引き上げられたように、痩せた顔が上がった。

「だのにあなたと居ると、また好きになってしまいそうな気がして」

「こわいんです」

今度あなたを胸の中に入れて、引き抜かれたら、
生きていられるのか。

「俺だって、苦しかったんだぜ?すげえボロボロんなったし」

あいつは笑った。

「いいんですよ。こうなったのは僕のせいで、
あなたは十分優しくしてくれた」

でも、優しいほうが辛いんです。

くるりと背を向けてあいつは駅の方に歩いてく。

反対の口には割にタクシーが居るのもまだ忘れていないんだろう。

どれほど、車ももう通らない道に立っていたんだろう。
冷え切った指先はまだ忘れてない番号。
使われてないという応答を期待していた。
俺はすぐに携帯もメアドも変える。
そうしたから何かがリセットされもしないのはわかってても。

だのに。

「もしもし?…」

「あ、…」

「…あなたって人は」


Fin.


どのあたりがシャム双生児かはよろしくご推察の程を。

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