By the way


「じゃ、朝には戻るから」
何日かぶりに白衣を脱いで、椅子に放った。
黄博士がちらりと眼だけ動かすが、
顔にはっきり書いてあることを口にしようとはしない。
『公主様のお召しはどうするんですか』
「アノヒトの方は頼むねv」
眼鏡の奥がきっと光るが、唇を噛みしめてそっぽを向いた。

ボクが居ないからってさんざっぱら嫌味浴びせられながら苛められて、
それでも嬉しいっていう君の壊れっぷりがボク、好きだなあ。
ネクタイを引き抜いてウサギに巻き付け、
ウサギの手を持って、バイバイ、と振ってドアを閉めた。

カウンターの隅で、彼はトールグラスを傾けていた。

「お代りは?−ボクにも、同じの」
「ミラームーンですね」
相変わらず涼しい顔で、きついのを。
グラスが露を吹く間もなく、新しいグラスも乾す。

逢うたびに、ボクと彼は加速していく。
他の誰かなら欠かせない、
意地の張り合いや睦言や焦らし文句やと、あやなすクッションの言葉が省かれ、
接触すると火花を散らす灼けた金属と水のように、
化学反応だけを起こして夜を過ごす。
これでどこまで行けるのか知りたくて、
ボクは彼の現れる街に降り立つ。

初めて、二人で逢ったのって…ああ、ボクのオモチャ箱をぶっ壊してくれたすぐ後ね。

今と同じように、挨拶抜きで隣に座った。
彼は一応、薄っぺらい愛想笑いを貼り付けた顔を向けて、
さっきまで話していた続きのように、
ポケットからあちこち、焼け焦げた封筒を取り出した。
「…あぁ、それね」
「ええ、あそこの最上階に辿り付けたら頂ける、粗品ってやつ。
引き換えの有効期限がなかったんで」
「人のオモチャをあれだけダメにしといて、そうくるわけ?」
「ええ。烏哭三蔵さん」
「いい根性してるよ、猪悟能クン」
「じゃあ、行きましょうか。ここは払っときます」

道を渡ったところに、廃業寸前といった風情のラブホがあった。
自動ドアの金文字が剥げかけて、部屋の写真を光らせるネオンの角も薄暗い。
実に完璧な草臥れ加減に、笑いがこみ上げてきた。
彼も口元を緩めながら、一番殺風景な部屋のボタンを押した。

あのときは、結構、喋ったな。

ドアを開けて、靴を脱ぐなり、唇が襲って来た。
変な言い方だけど、触れ合った1秒後に、
のしかかる体重によろけたボクともつれ合うように、
ベッドに倒れ込んだ状態は、そういう言葉しかない。
「貴方は抵抗しないんですね」
「玄奘三蔵は、するんだ」


「三蔵を二人抱いたって僕が史上初じゃないですか?」
「だろうね」
「科学者ならわかるでしょう?」
「…実験、なわけね」
同じ条件で、それぞれの個体の反応を比較検討する。
…そういうお遊びがご希望の粗品ってコト、か。

「煙草、なんでしたっけ」
「両切ピース」
「ふうん。匂い、きついですね」
耳の下から動脈沿いに、所々吸い上げて痕をつけながら、唇が降りて行く。
ボタンを外さないで、隙間から侵入していた指が、
今度はシャツを引っ張り出して、下から這い上がって来た。
「三蔵のアンダーってストレッチでしょ。
大体、脱がさないで、こうやって、たくし上げて」
歯を立てられて、どくんと下腹が脈打った。
「こっちを脱がせて…あの人のはぴったりしてて、結構脱がしづらいんですよ」
器用に片手でベルトを抜いて、ズボンを引き抜いた。
「脱がされてるとこを見ようとしないで、そっぽ向いてる癖に」
含み笑いが、臍の横をくすぐる。
「ちゃんと腰浮かせて、協力しちゃうんですよ」
火が点くと、辛抱できないみたいで、と言いながら、
膝で進んで乗り上げてきた。
「僕がこうして、顔を見ようとすると」
顔が挟まれた。
「睨みつけるんです。潤んじゃってる癖に」
「…随分、可愛げあるんだ」
「そうとも言えますね」
くすくすと笑いながら、膝の裏を掬い上げた。
玄奘は結構、大事にされてるのかもね。
…本人の望むやり方かは別として。

今日ももう、一言も交わさないまま、
どの街でも似たようなホテルに入り、
彼は一番、殺風景な部屋のパネルのボタンを押す。
愛想笑いすら、もう無駄遣いしない、っていうような仏頂面で。
同じような煙草の脂が染み込んだ壁紙、
所々薄目切れした堅いシーツ、
旧型のビデオ付テレビ、
消毒済の紙を渡したコップ、
二つセットのゴム、
ボクを穿つ、怒りに似た彼のリズム。

まだゴールは見えない。