La Difficult´e d'^etre



チリッというショックが、頬っぺたを襲った。

「オラ、起きろ」
冷たさ、だ。

「ん、」

もっとやんわりとした冷たさが瞼を押している。
心地よいだるさから、脱け出したくない。

「じゃ、もう起きんな」

いきなり、口と鼻が塞がれる。
悟空は跳ね起きて、悟浄に掴み掛ろう…としたが、くらくらと目の前が揺らいだ。

「まだ、じっとしてないと駄目ですよ」
冷んやりとした手が、肩を支えてくれる。

「水分、摂らないと。飲めますか?」
「八戒、飲まして」
「はいはい」

ペットボトルに、曲がるストローを挿したのを持たせて貰い、
悟空は口を尖らせて冷たいアイソトニックを啜った。

「うまいー」

肩に廻っている手に顔をすり寄せると、
先刻悟浄にくっつけられたボトルで濡れた滴を
そっと拭って、ついでのように、下が膨らんだ唇を掠める。
ストローを咥えたまま、悟空は素早く指先を啄んだ。

「おーおー、朝も早よから見せつけてくれんじゃん?
教育的指導しなくってイイの?三蔵サマ」

三蔵は返事の代りに、バサリと新聞をめくった。


やっぱり、見てくれねーんだ、三蔵。


「飲みましたね?じゃあ、もう少し寝ましょう」
「んーん」

起ちかけた首に腕を絡めると、八戒の浴衣が肩からはだけた。
胸肌に顔を埋めると、とろりと昨夜の記憶が押し寄せる匂いがした。



花火をやった後、トランプをしながら酒盛りをした。
「コール」
「チェック」
「…っと」
「ナニ、小猿ちゃんドロップ?」
「あーもう、判んねー」
悟空は火照った指からばらばらカードを落とした。
「あーあ。じゃ、ドロップな。はい呑んで」
悟浄はウィスキーをどくどくコーラの缶に注いで渡した。
炭酸は心地よく喉を通ったが、ますます頭は金色に曇った。

「ポーカーやめ〜。もう判んねー」
「じゃあ何ならできんだよ、お前」
「…ババ抜き」
「何、ソレ」

悟浄が新しい煙草を抜き出しながら、ちらりと三蔵に視線を流す。
三蔵は濁り酒をまた注ぎ足し、自分の手札を放り出した。

「…ババ抜きね」

誰に向かって駄々をこねているのか、先刻承知な筈の、
誰かと誰かが、この子供を寝かそうとしないなら、
自分が仕切る気も起きない。
悟浄はカードをきっちり四等分に配った。
今夜、三蔵、何か言ったっけ?
あ、俺に「灰が飛ぶから風上に来んな」って言った…だけ、か?

「…あーもう!やだやだやだ!」

悟空は手に残ったジョーカーを悟浄に投げつけ、ごろりと床に転がった。
グラスが倒れたが、もう空だ。

「…もう部屋に戻りませんか?悟空」

漸く、八戒が助け舟を出した。

「やーだー俺一人だけなんてやだー」
「僕も戻りますよ。ほら、歩けるでしょ」



そこからの悟空の記憶は、途切れ途切れだ。

「ベタベタして…気持ちわりィ。風呂行く」
「一人じゃ無理ですよ」
「八戒も行こうよー」

八戒は浴衣の袖をたくし上げ、自分の腕を嗅いだ。

「…煙草臭いですね。行きますか」

その仕草ははっきり覚えている。−八戒が、男くさく見えてどきりとした。


腕を上げるのも億劫な気がしてぼんやり座っている悟空の前で、
八戒はてきぱきと髪を洗い、汗を流している。

「…俺、露天行って来る」

「気をつけて」

悟空は内風呂と露天の境の、ガラスの壁に凭れて、ぺたんと座った。
夜半も過ぎた空気に冷えたガラスの感触がひたすら、心地よい。

(…何で、怒鳴りつけて、ハリセンでぶたねえの?何で、俺見ないの?)

ずるずると、大谷石を敷き詰めた床に転がった。
ざらついて、所々痛かったけれど、
深い処に吸い込まれるような睡さが悟空を攫いかけた。

「駄目ですよ、こんな処で寝ちゃ」

八戒の声は柔らかい。

そしてキスも。

雫が、かき上げた髪から悟空の顔に伝って,、悟空の涙と紛れた。

抱き上げられて、膝に載せられ、長い指が髪を洗い、
泡の垂れるスポンジが体を滑っていく。

そしてキス。

啄むだけの、バードキスが、数え切れない程降り注いだ。

撫でるように、緩い勾配で悟空を高めていく指の戯れ。

飽くまでも緩く、追い詰められない儘、

微熱に似た慄えが、耳の後から、血管を辿るように、

じれったい速度で、

揺りかごのように気倦い体を抱き込み、皮膚を隈なく覆う。

…睡さは規則正しい進軍で、悟空を牽き込んで行く。

「ねむ…い…」

「いいですよ、睡っても」

「でも、気持ちイイ…」

筋の浮いた首に、そっとしがみつく。

見てよ。触れてよ。もう誰でもイイから。ねえ。寂しいから。

「甘えん坊ですね」

スポンジを落とした八戒の手が、やっと、後に廻り込む。

行き場のない思いは、心を痛め続けていても、

現在の快感には素直に溺れてしまう若いからだ。

「可愛いですよ…」

襟足から、背骨を辿って、漸く辿りついた入口を、

幾度となく撫でるように掠めて、やわやわと巡っていく巧妙な指先が、

内部で蠢き始める頃には、まなざしも、唇も、

あまく重い睡気に塗り込められ、蕩け切っている。

それでもしなやかに張り詰めた分身は蜜を零し、

おくつきは、凶器に纏い付いて離すまいとする。

ぐらぐらと揺れていた頭がことりと、八戒の胸に凭れた。

唇が乳首に触れ、無意識のように吸い付いて、すぐ、力を失った。

「…ぞ…」




「…静かだったじゃん」

「半分、寝てましたからね」

「浴槽の中じゃ、やってねえだろうな?」

「僕だってのぼせちゃいますよ」

三蔵の苛立ちで充ちた部屋に居るのも鬱陶しくて、
風呂を浴びに来たらしい悟浄の顔はうだ腫れている。

「おやすみなさい」

新しい浴衣を着せ終えた悟空を抱き上げると、
八戒はゆっくりと、廊下に出た。


Fin.


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