Fire down under


「…靴位、履いてくるんでしたかね」

ワイン樽で作ったスタンドの上に、リースで飾られた
プリフィクススタイルのメニューを見ながら、八戒は呟いた。

「なんつってもリゾートじゃん。そんな、改まったモンじゃないっしょ」

チノパンに綿セーター、LLビーンのアクアスリッパーという
八戒のナリは全く浮かないだろう。

よれよれリーヴァイスに(だってピンピンのジーンズってハズィじゃん)
サンダルって俺のがちょい、あれですが。

「あ、はっかーい!セーフセーフ」

窓際のテーブルから、悟空が手を振った。

「大声出すな、バカ」

すかさずオトーサン(つうとまた怒るんだよな)が小突く。

夕食は、ホテルの14階のレストランか、3階の季節料理で、という宿泊プラン。

比較的時間があった俺が三蔵と相談してこっちに決めた。

普通、(そういっちゃ悪いが)ひなびたリゾートでフレンチは選ばない…んだが、

このロケーションを選ぶ理由が、今日はある。

しかし、浴衣でロビー横切り御免、つう、温泉宿テイストの癖に、

ここはちょっとした都内のホテル並のしつらえ。

「もう、料理決めたんですか、悟空?」

「うん、大体」

「なんか冷たいモン呑みてぇなあ」

「 ビールか…それとも、スパークリングワインも結構揃ってますね」

リストを読んでいた八戒が渡してよこす。

「たまにはいいな。三チャン、OK?」

「ああ、適当に選べ」

手頃な値段でスペイン産のEclipse Cavaがあったのでそれに決めた。

「トマトと西瓜とハーブのスープ、ねえ…」

メニューの半分はかなり冒険している。

「こういう小難しいのは八戒に任せるわ」

「え?僕コーンにしますよ?夏じゃないですか」

このコーンスープが濃くてすっげぇ美味かった。

「期待してなかったけど、ココ、いけんじゃん」

野菜のゼリー仕立てサラダも、地鶏のグリルも、標準以上だ。



「このワイン、美味ぇなv」

「口あたりいーからってガブ呑みすっと目まわんぞ」

肉料理になったあたりで、シャトー・ミランの98年を開ける。

グラスの縁から、三蔵が、眼で『まだか?』と尋いているが、

俺も、こっそり腕時計を見て、内心焦りだしていた。

予定より、30分も過ぎてる。

と、湖の方から、下腹に響くような音が聞こえ、光が閃いた。

「何?ねえねえ!」

レストランの照明が落ち、ウェイター達が、

引いてあったカーテンを巻き揚げた。

ドーン!

湖の向う側から、花火が次々と、空に弾け始めた。

「う…わぁ」

悟空はフォークを置いたまま、嬉しそうに外に見入った。

「…だから、こっちのレストランにしたんですね」

八戒が俺を見返った。

「そ。涼しいレストランでワイン呑んでフレンチ食って、正面から花火って最高じゃん?」

花火は、本当にこのレストランの正面あたりに、次々に上がっていく。

そして下の浜名湖に、光の粒がキラキラ、零れ落ちていくまでが

パノラマのようによく、見えた。

他のテーブルの家族連れの子供たちも、

歓声を上げて、窓に駆け寄った。

「綺麗だなあ、三蔵?」

「.…ああ」

三蔵が、悟空の髪を柔らかく撫でて、その手はずっと、そこから離れない。

いいよな、誰も見てないし。

ウェイター達も、誰も手をつけない皿の給仕を止め、

窓の外を眺めている。

俺はテーブルの下で、そっと八戒の手をとった。

八戒は、咲いては散り零れる花を見つめたまま、

俺の指を握り返す。

花火も、夏も、これ一度にするつもり、ねえけど。

だけど、初めて一緒に見るのって、やっぱり特別だよな。

何度一緒に見ても、俺はきっと、今夜を忘れない。


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続く