エクスタシー温泉Revolutions Vol.3
岐阜県の、高山に入ったのは、俺が最後だった。

長距離バスを降りると、もう冷たい空気が火照った顔に気持ちよかった。

「お、悟空、こっちこっち」

紅い髪がすぐ、眼に入る。

「そんなに遅れなくてよかったですね」

「うん、でもこの前のバスターミナルでPHS、アンテナ立たなくなって焦った」

「三蔵が心配しちまっ…痛っ!」

眉間に余計シワを寄せた三蔵が、脛をさすっている悟浄からそっぽを向いたまま、

「腹は」とだけ訊いてくる。

「そんなでもない、でも咽喉渇いた」

「夜までもちます?じゃ、お茶だけしましょうか」

八戒が辺りを見回し、銀行の2階にある喫茶店を指した。


「なあ、この辺りじゃまだカフェラテ普及してねえんだな、カフェオレだよ」

「ここ、カフェじゃないですってば。『どら焼きミルクレープ』ってなんでしょう?」

「いや、まんまなんじゃねえの?

「あ、そこに写真ある」



「大胆ですね…」

「そのうち有名になるんじゃねぇ?名古屋の、なんだっけあんこ掛けスパゲティみたいにさ」

「有名になっても普及はしてねえだろ」

「あら、あんこ好きの三ちゃんが冷たいよ」

「じゃ、僕挑戦してみますよ。あと、お抹茶にしよう」

「俺は抹茶だけでいい」

「俺カフェオレ」

「俺、アイスのカフェオレ」


「…で、どう?どら焼きミルクレ」

「何ですかその略。いや、結構いけますよ。あんまり意外性ない」

「熱ィ!」

「三蔵?あらら、ほんとにこの抹茶熱いですね熱湯抹茶だ。

ところで、温泉行きのバスまで2時間位ありますね。どこか観光しましょうか」

「何があるんだっけ?」

「国分寺があるんですけど、どうでしょう、三蔵?」

「ああ、構わん」

「樹齢1200年の銀杏の樹があるそうなんですよ。黄葉にはちょっと早いかな。

ちょっと歩くけど、悟空、疲れてません?タクシー拾いましょうか?」

「ううん、ずっと座りっぱなしだったし、脚伸ばしたい」

ぶらぶら歩いていると、やはり観光客らしい女性のグループ、

若いのや、オバサンが三々五々、賑やかに行き交っていた。

若い女性はこっそりと、オバサン達はあからさまに、俺たちを振り返った。

「あれですねぇ、若い女性は悟浄で、オバサマは三蔵と悟空を見てる確率が高いですねぇ」

八戒が、そらっとぼけた顔で言う。

「お前はまんべんなく見られてんじゃん、俺年上キラーだったのに、

可愛げが無くなったのかしらん」

「あはは、可愛げ志向だと悟空でしょうね、今じゃ」

「花の命は短いのね…っと、ここじゃねぇ?」

ごく普通の商店街の間に、ぽかりと空間が空いて、参道になっていた。

「重要文化財なのに、大袈裟な扱いしてねえな」

「うわあ、すげぇでっかい樹」



眩しいくらい鮮やかに黄色くなった銀杏が、視界一杯に広がる。

「きれいですね」

「ギンナンないのかなあ」

「あれは雄株と雌株が無いと出来ないんですよ。これ一本でしょ…って、

悟空にはまだ早かったかな」

言いながら、八戒は俺じゃなくて三蔵を見返って笑っている。

「馬鹿にすんなよー、俺もう大学生なのに」

「お前らくだらねえこと言ってねえで、縁起位読め」

「へいへい、創建746年…って、あれか、平安京より古いんだ」

「あれが794年ですもんね、なくよウグイス平安京」

「うわー何年ぶりかに聞いたー」

「って、現役の学生が言うことですか?」

「日本史なかったもん試験科目」

「創建当時の礎石がこっちで…じゃ、こっちの五重の塔は再建なんだわな」

「五重じゃねえ、三重だ」

「へ?塔っていや五重じゃねえの?」

「奇数ならいいんだ」



その三重の塔の屋根の庇の下には、燕の巣が見えた。

「今鳥いんのかなあ」

柵の外からだと、内側が見えない。

柵によじ登って、覗き込んでいると、シャツが引っ張られた。

「ダメですよ悟空、怒られたら三蔵が立場ないでしょ!」

「ご、ごめん」

てっきり、怒鳴られると覚悟して、恐る恐る三蔵を振り返ると、

火をつけない煙草をくわえたまま…少し、笑っていた。

「そんなこと気にすんな。うちの寺じゃねえんだから」

くしゃりと頭を撫でると、すたすた歩き出す。

「先行ってるぞ」

「三ちゃんヤニ切れんの早すぎんぜ」

「どうも余計なお節介でしたね」

八戒が、ぐしゃぐしゃになった髪を撫で付けるように梳いてくれた。

…子供扱いみたいだけど、三蔵や八戒にこんな風に触れられるのは、

まだ、気持ちいい。

「ううん、俺はしゃぎすぎた」

「いいんですよ、旅先で位のびのびさせたいんでしょ、三蔵も」

「そんな遠慮してないのにな」

駅前に戻って、路線バスで温泉郷に向かう頃には日が暮れていた。

うねる山道はは殆ど街灯もなくて、山の稜線が、

ゆっくりと、色を濃くしていく空に溶けて、星の光が強くなっていく。

夜はこんな風に少しずつやってくるんだって、初めて見た気がした。




写真提供・NN様(いっこボケボケのだけ私です)

MPさんごめんなさい、まだ今回の布団部屋編にたどり着きません。
次は熊牧場登場の予定。

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