Elevation


上半身をベッドの上のあなたの胸に預けて。

薄いTシャツ越しに少し速い鼓動。

いつも子供体温なのが、今日は更に高め。

多分花びらが一つ、散ったのと同じ頃。

僕は穏やかな春の海に漂って行く。

モノはない癖にTVはいつも点いている。

CMで大きくなった音に引き戻される。

「ヒトの重みってキモチイイ」

くしゃくしゃと髪をかき回す。

頭を持ち上げて、見上げる。

…風邪の癖に柔らかい唇が掠める。

「キス…していいですか、って訊こうと思ってたのに」

「したそうなツラだったから」

少し乾いた瞳が笑う。

僕も笑って見せる。

「病人襲うなよ」

「心外ですね。あっためてあげようと思ったのに。

…寝そうになったんですよ。

僕だって昼間働いて来て疲れてるんですから」


欲情なら。

皮膚を擦り合わせて散らすことができる。

でも。

こんな微かな願望をあなたは掬い上げる。

その度に、

迫り上がる凶暴なモノが

心臓を内から蹴りまわす。

止める術を僕は知らない。




前の奴が置いてったコップが一つ、

流しの下に転がってたような気もするけど。

あいつはラベルを引っ剥がしたミニサイズのPBに、

持ってきた花を危なっかしく挿して置いて行った。


何だか小難しい名前言ってたけど、忘れた。

蝋みたいな薄い花びらが、

空気が動く度にハラッと落ちる。

俺以外に動くモノが部屋にあるって

なんかイイかもしんない。


「はは、お花?少女趣味じゃん」

…なんて、言える訳ない。殺される。

でっけー葡萄、梨、ネーブル、

スープにゼリー…ハーブティー。

ビタミンCがどうのこうの言ってたけど、

…やっぱ少女趣味。絶対そう。

白い紙コップに真っ赤っ赤に出るティーバッグ。

うわ、何これ酸っぱ過ぎ。俺つわりじゃないっつーの。

…あ、でも喉楽だわ。


あいつが腹に置いてた手から

どんどん関節の凝りが解れて行ってた。

うとうとしかかってると、

少し乗っている体が重くなって

穏やかな呼吸が腕に当ってた。

2、3分だったかな。

ぱちっと目が開いてこっちを見た。

唇がカサついて、目の下はクマになってた。


いつからか、

こいつがシタイときと、

そうじゃない何かのときが判るようになった。

そうじゃない何か、が何かってのはまだ判らないけど。

多分判ることはないんだろうけど。

どっか痛くてたまらないようなあいつを

壊さないように、そっと触れる。

そんなことしか出来ない。

どうでもいいことは幾らでも言う癖に、

肝心なことは言わねーのな。

でもそれがお前だから。


コップを空にして、

ベッドに転がり込むと、

また一つ、花びらが散った。


Fin.