Last Night On Earth(58メロウ)


いつから、悟浄は僕に怒らなくなったのだろう。

職場の皆に無理矢理連れて行かれた合コン。

ふわん、と微笑う、童顔の女の子は、

偶々そのとき、僕と同じ、『スイミング・プール』にハマッていた。

そこから何となく、D.リンチ話になって。

「リンチって自分では全部謎、わかってると思えないんですよ」

「そうですよね、『ブルー・ヴェルヴェット』だって、アジャーニが被害者か加害者かって…」

彼女の家で、E・ホッパーの画集とリンチ映画のDVDを観よう、

という話になって、一度、遊びにいった。

淡い色のラナンキュラスと、

最初に必ず、ホッパーそっくりの色合いのショットが続く画面。

静かで妙に居心地がいい部屋だった。


「八戒さんて、女のきょうだいいるでしょ?」

「−ええ、ひとり」

「やっぱり。男きょうだいしかいない人って、 女の子の部屋で落ち着かないんだよね、

手足の置き場所がわかんないみたいに、マゴマゴする」

彼女の笑顔は、僕のどこも傷めずに抱き込んだ。

湖から上がる死体や、落ちている耳のアップに身を竦ませても、 目は画面から離さない。

「だって、綺麗なんだもの、怖いけど」

「じゃ、こうしてましょうか」

廻した腕にすっぽりと収まる柔らかな肩。

「あったかい。八戒さん体温低そうなのにね」


「で、頂いた訳ね」

「そんなことしてませんよ」

「オンナノコがお部屋に誘ってんのよ?それはオトコとして礼儀でしょーが」

「趣味の話で行ったんですから。何なら悟浄も来たってよかったんですよ?

あの手のスッキリしない映画の話出来る友達って貴重ですからね、

ヤッちゃってそのうち別れたらつまんないじゃないですか」

悟浄の好みは、とにかくスッキリ、落ちがついて判りやすい映画。

僕が無理矢理誘っていった『21g』では、30分で熟睡していた。


「しかも、中国史実小説とガーデニングと料理の話までできるんですから」

一気に言い捲って息をついたところで、悟浄はカップを置いて灰皿を取ってきた。

「−イイんでない、その娘」

煙の向こうで、瞳は優しく細められている。

「−は?」

「なんか話合ってるみたいだし。

自分じゃ判ってねえかも知れないけど、 電話で話してるとき、お前、笑ってんのよ?

すっげー、普通に…いや、ちょっとだらしなーく、つうか、緩んでンの」

「…え…」

「このお利口なオツムがまだ気付いてないよーですがね、

ヤッて別れないでいられる方法あるじゃんよ。 ケ・ッ・コ・ン」


突きつけている手が挟んだハイライトの煙が、邪魔過ぎる。

手ごと掴んで灰皿に押し付けた。

テーブルを廻って、じっと見下ろす。

「−本気で言ってます?」

微笑ってないのに、どうしてそんな優しい表情になるんだろう。

「真面目かって言やぁ、そうだな」

立ち上がって僕を見下ろす瞳の穏やかさ。

どうして、あなたの優しさは、凶悪な感情ばかりを、かき立てるのだろう。

何も言わなくても暖かい胸は、いつものように抱きしめてくれるのに。

「現実問題として、俺ら、結婚もできねーだろ?

俺じゃ、お前のこと、幸せにできないし。

だから、いい娘がいりゃ、一緒になって欲しいわけ」

頬を撫でる手が、目の下をなぞって、眉間で止まる。

「ここにスジなんか立てないでる方がラクだって。な?」

「…自分は、どうなんですか。自分もしたいんじゃないですか、結婚」

「今んとこは、そんな気ねぇけど?−つうか半端モンだし。

定職とかめんどくせぇし?落ち着くにゃ早すぎるわ」


後の棚に置いた携帯が震えた。

「彼女じゃねーの?」

そっと僕を引き離す手。

表示は確かに彼女だった。

「もしもし?」

「−すいません、もう、かけないで下さい」

「−わかりました」

彼女の静かさは、確かに好きだった。

穏やかに、痛みのない日々が築けたかもしれない。

傷つけてまで僕が離そうとしないものは、現実には僕のものかもわからない。

だけど、僕は。


Fin.

うちの58(パラレル)はこんな感じです。


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