Spoon

「食お。切ってよ」
真っ白なチーズケーキは殆どクリームチーズそのものに近い。
いくら好物だからって、
業務用の一本、ほんとに全部食べる気だろうか。
「フォーク1本しかねえや。俺スプーンでいい」
ねっとりと重い塊が絡みつくティスプーンを舐めている舌先。
もうこれ以上欲情できない。

濃厚なチーズと、微かなレモンの味が無くなると、
染み付いた煙草の匂いが蘇ってくる。
30分前に掠めるように触れたときの匂いだ。

開け放った窓からは規則正しく電車の轟音が響く。

石鹸箱に毛が生えたような浴槽は二人立つのがすれすれだ。
越して1ヶ月でもう、排水溝の周りが黴で黒いとか、
シャワーカーテンが変色しているあたりは相変わらずだな、と思う。
肩口にぬるい飛沫を浴びながら、
ボディソープを搾り出して泡立てた。
壁に凭れている体を抱き寄せて、滑らかな背中を洗い出すと、、
首に腕が廻って来て、胸から腹をぴったりとすり寄せて来た。
勃ち上がった塊が擦れ合って、鈍い快感を呼ぶ。
引き締った尻に泡を塗り広げて、
クレバスに指を差し入れると、
曝された喉を伝う水滴を舐めた。

まだ早い。

流れ落ちる湯を辿るように、
跪きながら胸肌に唇を這わせていくと、
首から滑ってきた指が髪に入り込む。
臍の脇から迂回して、腿に逸れると、
抗議するように、強く引かれた。
見上げると、靄越しに、殺意に似た強い視線。

幾度となく、死んでもいい。
でも今ではなく。

指を抜いて、両手で彼自身を包んだ。
袋からやんわりと掬い上げて、
かるく揉みたてると、肩に指が食い込む。
でもまだ追い上げてはやらない。
片膝をついて、足首を掴む。
新しく立てた泡で、足を洗った。
丹念に、執拗に。
指一本一本、十本の指で、くまなく、
こすって扱いた。
指の股も。甲も。踵も。
流れ続けるシャワーに負けない程の泡を盛り上げ、
堅い脛から膝までも。
勿論、もう一方も。

焦れて唇に押し付けようとする塊をいなしながら。
流し終わると、殊更ゆっくりと立ち、
ソープを彼の胸に垂らす。
そして尻を掴み、首を抱き寄せて、
胸と胸、腹と腹、間に挟まれた塊と塊を擦り合せた。
鎖骨が当たって痛い程に。
彼は脇から僕の背に泡を塗り広げ、
僕は彼の片脚を抱え上げる。


ベッドのすぐ傍に、蓋を開けたままのケーキが、
白く盛り上がっているのが目に入った。
柔らかくなったそれを指先で掬って、
口に入れると、嬉しそうにしゃぶりつく。
悪戯になすりつけた唇にも、胸にも、そして僕自身にも。
石鹸の匂いを圧して立つ、濃厚な匂いに酔ったように。
折角洗った体中に、僕らは油脂の塊を塗りつけて舐め合った。

悟浄は珍しく、翌日に携帯に電話を入れてきた。
「参った。今日来た客が土産に持ってきやがんの。アレ」
「それはそれは」
「『悟浄さん好きですよねv』って女の子が切ってきてくれてさ。ドカってサイズで」
「あなたとしては断れませんね」
「ご好意じゃん?いただきましたよキレイに」
「ご立派なことで」
「…会社で抜いたの初めてよ。でもまだヤバイ。元はといえばお前が悪い」
「責任とれと」
「そう。今晩来い。シーツ代えてねえからお前しか呼べない」
「また買っていきましょうか?」
ぷつっと通話が切れた。
普通の電話だったら叩きつけられるのに、携帯はそこが不便だ。
まあ、そこまでしつこくすると喧嘩になって余計な時間を食う。
今夜は新しいシーツを買って行こう。
…当分、あのケーキで悟浄を釣れる女がいなくなったことだし。

Fin