030:通勤電車


「悪かったな、その、いきなり...蓮実が勝手に...」

しどろもどろで悟浄が口を開くと、言い終わらないうちに
隣に座った天蓬が口を挟んできた。

「いいんですよ。三蔵だって来たかったんですし。僕と二人でまさに
 嫌気さしてきた所だったんですから(笑)丁度いいタイミング。」

「お前、少し黙ってろって。」

素で注意する三蔵の今まで見せたことない打ち解けた様子に
この天蓬と言う男が一体何者であるのか悟浄は興味深々だった。

「まぁまぁ三蔵さん、そんな堅苦しい集まりじゃないんだから。
 取り合えずこんな悟浄の為に来て頂きありがとう御座います。
 では改めまして乾杯の用意を。」

立ち上がった蓮実が、はしゃいで音頭を取りグラスを掲げた。

「悟浄おめでとう!かんぱーい!」

悟浄はグラスを持ちながら様子を探る様に三蔵の顔色を伺ったが、
不機嫌なわけでもなくいつものポーカーフェイスの三蔵がそこに居た。

聞きたいことは山ほどあるのに、何から切り出せば良いのか。
それより二人の間に割って入った天蓬をどうにかしたいと考えた。

悟浄は三蔵の横に陣取っている蓮実にしきりに目線を送った。

.....食ってばっかいねぇで気付けよ、鈍感女....

と思った瞬間、蓮実がピッチャーを持って立ち上がった。
「悟浄ちょっと三蔵さんの横に移って、あたしは天蓬さんに初めましての
 ご挨拶をしたいんだから。」

「あっ、すいません。突然お邪魔したのにお気使いありがとう御座います。
 それから、さん付けは照れくさいんで天ちゃんでいいです。」

「つーか天ちゃんっていきなり呼ぶのもどーかと(笑)
 あたしこそ蓮実って呼び捨てでいいっす。まぁ一杯。」

「天蓬さん、こいつ口悪ィけど天然だから、むかついたら適当にシバいていいっす。」
悟浄は一応新参者に気を使い言葉をかけた。

「すげぇテンションだろ...」

やれやれという様子で、初めて三蔵が口を開いた。

天蓬と蓮実は早々に打ち解けたのか、なにやらブライダルブーケの流行事情を語っていた。

「うん...かもな。で、何で彼ジャージ?(笑)」

悟浄は天蓬に聞こえないように小さな声で三蔵に耳打ちした。

「だろ!ファッションに全く興味がないらしい。」

「なるほどね。」

悟浄は頭を整理しながら一番先に聞くべき事を探していた。

「友達?」
「友達じゃねーんだ。」

二人ほぼ同時に言った。

「説明すると長くなる。」

「ポイント押さえてくれりゃ手短でいーぜ。」

「結構濃いぞ。」

一呼吸置いて三蔵も天蓬を気にしつつ小声で話し始めた。

話しの内容を凝縮すると、

三蔵は義兄弟から会わせたい人が居ると突然天蓬を紹介された。

二人はすでに同棲していた。

何度か会っているうちに、天蓬に妙に懐かれてしまったと言うのだ。



「まじ?」

半分疑っているような悟浄の問いに、三蔵は黙って頷いた。

「三蔵の義兄弟がねぇ....」

悟浄の中でふと引っ掛かっていたある光景が鮮明に思い出された。

そう言えば以前、駅前で背の高い男と部下の孫悟空らしき男が
三蔵と並んで歩いているのを見た。

「もしかしてさ兄弟って、俺くらいの背で髪の毛ツンツンの結構イカした兄さん?」

「俺から見ればスカした野郎だが。何で知っている?」

「何時だか見かけたんだ。3人で仲良く御出勤...みたいな感じで、駅前歩いてたのを。」

「気付いたなら声かけりゃいいだろ。」

「だってさ。人込み掻き分けて行くのも面倒じゃん...
 それに、会社行く途中だったから。もう一人は前に俺が電話した孫さん?」

「天蓬でなければ悟空だ、そうそう男三人で歩かねぇからな。」

「やっぱそっか(笑)」

納得したような表情で悟浄が微笑んだ。

「悟浄、いきなりだったから、今日んとこはこれで許せ。」

三蔵は無造作にポケットからハイライトを取り出した。

「サンキュ。俺これ大事に吸わねーで取っとくから。」

受け取った煙草を嬉しそうに見つめていると

「蓮実ちゃん、なんだか悟浄さんと三蔵が世界を作ってませんか?
 もぉダメですよー悟浄さん、主役はもっと盛り上がらないと!
 三蔵もお酌くらいして下さい。」

背後から天蓬が悟浄に飲めと言わんばかりにジョッキを差し出した。

「そうだよ、悟浄飲んで潰れてもいいよ。どーせ明日休みだし。」



031 ベンディングマシーン


029-2  Δ(デルタ)後編