034:手を繋ぐ


「聞いてないです。」


「そっか...。まぁ機会がなければ自分から話すことでもないし。

 いずれ本人の口から聞くかも。」

「そうですね。」

悟浄はそれしか言えなかった。

今、口を開くと自分の過去とか暗い話になりそうで。

「親はなくとも子は育つって、良く言ったもんだ、嘘じゃない(笑)

 これ見てやってよ。」

そう言って内ポケットから一枚の写真を取り出した。

「...あっ、これ三蔵ですか?すげぇ仏頂面(笑)」

「そっ、こっちが俺で後ろにいるのが里親。書道家でさ。

 俺はやらなかったけど、三蔵は小さい頃、けっこう真面目に習ってたなあ。」

どうりで置手紙が達筆だった訳だ。

どこか坊ちゃん風の色白な三蔵。

対照的に膝やら顔やら、かすり傷だらけ。

陽に焼けた捲簾が笑顔で写っている。

その後ろに温厚な笑顔の男性が立っていた。

「ねぇ捲簾さんって元気そうだね。まじガキ大将地でいってる。」

「ああ、生傷絶えなくってさ。三蔵いじめるヤツと良く戦ったもんだ(笑)。

 俺、こう見えて家族思いだから。いつも写真持ってるし。血なんて俺は関係ないね。」




不思議だ。

この空気。

会話。

知らないことなのに。

なぜか悟浄もその光景が目に見えるような気がした。

一人で壊れそうな時、比沙子も良く手を差し伸べてくれた。

なんとなく捲簾と被った。


「捲簾さん。俺と比沙子もそんな感じなんです。切れない変な縁がある(笑)」


「そうだろ、比沙子ちゃんはただの友達に見えなかったぜ。

 友達だって言われなきゃ彼女かと思ったよ、悟浄さんの...
 ごめん、あのさ、提案。お互い”さん”付け辞めない?

 気に入った友達なら余計、よそよそしくってダメ。」

「俺は別に呼び捨て歓迎っすけど。捲簾さんのこと呼び捨てるのはなぁ。」

「捲兄でいいよ(笑)なんなら大将でも」

自分でいっときながら「大将はちょっと恥ずかしいか」と大笑いしている。

「言ってみ。」

「捲ニィ。」

「ほんとに言ったな。」

「あっすいません。」

「冗談だって(笑)」

悟浄もおどけてブーイングをした。

「あっそう言えばこの前の珈琲凄くうまかったのに
 ご馳走様も言わずに来ちゃって。」

「あの後...大変だったんだわ、俺。」

捲簾はちょっと大げさに頭を抱えて舌を出した。

「天蓬さんですか?」

「そうそう。」






「あっなんか盛り上がってた?」

化粧を整えた比沙子が戻ってきた。

「いや悟浄と今、兄弟の契りを交わすとか交わさないとか(笑)」

「あらら、こんな手のかかる弟いたらすっごく苦労しますよ。」

「お前が言えた義理かよ。こいつの方がかなり問題児っすよ。」

「そんなことないよね?比沙子ちゃん。」

「いや...認めます。(笑)」

あまり社交的ではない比沙子が、こんな台詞を言うなんて。

捲簾は好印象を与えたに違いない。

商売柄話題は豊富、直感で比沙子が答えやすそうな話を振って

間を上手に保つ。

かと言って軽薄そうには見えない捲簾は

男の目から見ても、お世辞抜きで格好良かった。

暫くすると携帯が鳴り、捲簾は3人分の支払いを済ますと

「では明日の11時にお待ちしております。」と会釈して立ち去った。



「明日、カットするはめになっちゃった。」

「商売上手だな(笑)でも嫌味じゃない。」

「うん、それにお洒落な人だね。悟浄あんな友達もいたんだ。」

「うん。最近知り合ったばっか。」

「まさか、あの人じゃないよね?」

「何が?」

「大事にしたい人って。」

「なんで?」

「なんとなく。」

でも近い所まで当ってるって......

そういや三蔵、仕事に支障ないだろうな。

蓮実メールしたんだろうか。




比沙子が両手を伸ばし悟浄の頬を挟んだ。

「なんか冷えちゃったね。」

「帰るか?」

「うん。」


時間だけがどんどん過ぎて、大人になった気がしていたが

繋がれた手は、昔のまま細く冷たかったがしっかり受け止めてくれた。

伸ばした手が振り払われる辛さは出来るなら思い出したくはない。

「比沙子」

「うん?」

「さっきの話。」





35 髪の長い女 



033  白鷺 後編

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