020 合わせ鏡


「...お前、なんでこんなとこにいるんだ?」

「なんでって言われても...久し振りに会ってそれかよ。
 近くまで来たからさ、家寄って見たけどいねぇんだもん。」

「ちょっと出掛けてた。」

「お前さぁ、携帯電源切ってるだろ?(笑)
 アポ取る努力はしたんだぜ、一応は。」

「ああ、確かに...」

「ここ来ればもしかしたら居るかなって...図星。」

「たまたまだっ。」

「また痩せたんじゃない?仕事結構忙しいんだろ。
 俺んとこにも顔ださねーしよ。」

「ちょっと立て込んだ仕事入って、体調崩したりして、まぁ色々とな。」

「ふーん。で、これから帰んの?」

「何か企んでるな。」

「別に(笑)」

こうやって話すのも何ヶ月振りだろうか、暫く肩を並べて歩いた。


「捲簾、ふらついてるとこ見ると、お前どうせ今暇なんだろ。」

「決めつけないで欲しいな、でも暇って言えば暇(笑)。」

「ちょっと寄っていけ。」

「そんなに誘うならいいぜ(笑)」

「言ってろ。」

さっき悟浄に聞かれたことを思い出した。

兄弟いる?

ー思えばこいつがそんな位置なんだろうか。ー

物心ついた時には二人同じ屋根の下で暮らしていた。

お互い親の顔も名前も知らず、流れに逆らう事も出来ず

何かに導かれたようにあの人の元で育てられた。

何かと篭ってしまう三蔵とは対象的なその男、捲簾はやんちゃな弟であり

時には頼もしい兄でもあった。

「三蔵、酒飲んできた?」

「少しな。」

「顔ちょっと赤いって。」

そう言われて無意識に手元のヨーグルトを飲み干した。

「なんとなくヘルシーだな、それ。」

「気休めだ。」

捲簾には言葉を選ばない。

悟浄にはどうだろう.....考えているうちに家に辿りついた。


「入れ。」

「お邪魔します。」

「適当に座れ。」

「はいよ。」

「ところでお前、仕事の方はどうなんだ?」

「順調。来月サブチーフになる。」

そう言うと三蔵の横に回り襟足を撫で上げた。

「さっきから気になってたんだけど。
 随分伸びて重い、そろそろ切り時だぜ。」

「切りに行く暇がない、で、お前が居る。」

「なるほど(笑)鋏と櫛、上半身脱いで新聞紙持って風呂行け!」

笑って捲簾がせかしたので、言われるが侭にシャツを脱いで風呂場に向かった。

「お前さ、髪型って結構大事だって前から言ってるだろ。髪型決まってれば服装がそこそこでも
 良く見えるし、でその反対は最悪だし。まぁ車で言えばエアロ組んでるのに
 足元はドノーマルみたいなさ。バランスが大事ってぇの。まぁ何事もバランスでしょ。
 その人の生活様式とかそんなのも考えてスタイリングすんの俺は。
 つーか、お前の鋏、素人のにしちゃ切れるぜ、やっぱ性格か(笑)。」

ベラベラ喋ってたかと思うと、髪の毛を切り進むうちに段々無口になって行く。

真剣になると神経が手先に集中するらしい。


多分、センスというのは半分以上は天性のものだろう。

ースーツ着て仕事したくないからー

と照れ隠しに言って捲簾は美容師になった。

鋏を持たせると手とそれが一体化したように軽やかな動きを見せる。


三蔵は口には出さないが、捲簾が一人立ちしてから他の人に髪を切らせたことは

あまりなかった。

捲簾もそれは暗黙の了解で、今日も多分、気を使って来たのであろう。

「どう?」

手持ちの小さな鏡を覗き、風呂場の鏡で後ろを合わせ見た。

「悪くない。」

「さんきゅ。ではお客様、髪の毛流しますのでこちらへどうぞ。」

「自分でするからいい。」

「だから〜、素人とプロは違うんだって!いいから大人しくやらせろ。
 ほら、髪の毛掃ってさっさと洗面台行けってば。」

有無を言わせない捲簾のペースに巻込まれる。

「お湯熱くない?」

「ああ。」

「痒い所は御座いませんか?」

「全部...」

「実は気持ち良いって思ってるだろー(笑)」

「言わねぇ。」

聞いておいて答えは捲簾が良く知っているのだ。

心地良い眠気が襲ってくる。なんだろう、懐かしいような香りがする。



「髪の毛でチクチクするから身体。シャワー浴びるといいぜ。
 俺向こう行ってるから。上がったらドライヤーしよ。」

「解った。そうする。」


手早く済ますと部屋に戻った。

「悪いな。」

「全然、趣味みたいなもんだし。じゃ乾かすか。」

「もしかして明日休みなのか?」

「そっ、定休日。なんなら泊まってってもいいぜ。」

「俺は別に構わんが...。」

「昔は良く一緒に寝たっけなぁ。」

「お前がビビリ屋だったからだ。」

そう言えば捲簾が居たから楽しかった。

あのような境遇でも二人で居たから寂しさも紛れたのだ。

寒い日に布団の中で絡ませた足が暖かかったのも覚えている。

ゆっくりと忘れていた時間が戻ったような気がした。

「そろそろ寝よっか。」

「だな。」

和室に客用布団も並べて敷いた。

「三蔵...俺、心配してんだぞ。」

「あん?」

「お前不器用だから会社でうまくやってんのかなぁって。
 人間関係とかウザくてたまらないってタイプだし。」

「ああ、まぁな。でも俺も回りの空気くらい読めるし
 多少は合わせる事も覚えた。」

「大人じゃん。お前のそんなとこも好きだぜ。」

「何言い出すんだか。」

「いや本気、2番目の位置かな(笑)」

「2番目ってなんだ?」





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