46 名前 (前)
「布団はそこだ。その上の袋にシーツとカバーが入ってる。
最近干してねえから、気になるなら乾燥機かけてくれ。左の押入れにある」
「ありがとうございます」
八戒は膝をついて乾燥機を引っ張り出し、手際よく布団を入れた。
「タオルは風呂場の箪笥の一番下の引き出しに新しいのが入ってる」
「あ、僕、お風呂は捲簾さんちで頂いてきたんで、寝る前歯だけ磨きます、三蔵さんどうぞ」
「そうか」
「新聞見させて頂いていいですか?」
「ああ。朝刊はそっちの鞄のポケットだ」
湯船に身を沈めると、細く開けた窓から三日月が見えた。
(何やってんだ、俺)
らしくないことをしていると思いながら、でも無理をしている気もしないのが、我ながら不思議だった。
天蓬が捲簾と夫婦同然の間柄なのだから、泊るところが無いその弟を、
捲簾の身内、である自分が世話をするというのは普通のことだろう。
ただ、そこに捲簾を寝取るだのなんだのという揉め事が挟まり、
悟浄や蓮実や比沙子も飛び込んで、さらに比沙子の男というのまで現れたりした、だけだ。
(だけ、か。一個でも十分過ぎる位の面倒じゃねえか)
2年前の自分なら、こんなことにはひたすら煩わしくて、
あのレストランからさっさと出ていただろう。
そもそも天蓬に付き添っていったりも、しなかったかもしれない。
捲簾の相手とこんなに関わったのも初めてだ。
捲簾がこうして一緒に暮す相手も知る限りは初めてだが。
ざっと髪を乾かして出ると、八戒は布団を敷き終え、枕にカバーを被せていた。
隣には、半畳ほど空けて、三蔵の布団ももう敷いてある。
「勝手に敷かせて貰っちゃいました」
「あんた、マメだな」
きっちりと畳の縁に合せて、シーツも布団もぴんと直角に張り詰めてあるのが快い。
冷蔵庫を開けてみると、夕方悟浄が買い込んだロング缶のビールがまだ数本あった。
「ビール、飲むか?」
「いいですねぇ」
「グラスは?」
「いえ、じかで結構です」
それきり、黙って缶を空けた。
口元を拭った八戒の顔は微塵も変わらない。
食事のときはミネラルウォーターしか飲んでいなかったが、兄同様、アルコールには強いのだろう。
「…三蔵さんのその髪の色、綺麗ですね。灯りがともったみたいで。天然…ですよね?」
突然の問いかけは、思いがけず胸の奥に触れて、三蔵の口をほぐした。
「ああ、赤ん坊のとき、この髪の色で命拾いしたからな。これで通してる」
また前後編ですみません、短くまとめられない癖がまだ抜けません。
46:名前(後)
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