032 :鍵穴
「俺は一人になりてぇ気分...すまん。」
「えっ?」
悟浄のストレートなリアクションに三蔵は笑って聞き返した。
「えっ?て何だ。」
「いや、その...。」
「行くぞ。」
「一人になりたかったんじゃねーの?」
「撤回。」
三蔵はさっさと悟浄の家の方向に歩いて行く。
「三蔵、置いてくなってば。」
悟浄は酒で頭が回っていたものの、冗談では無く本心で引き止めていた。
あっけなく断られていたら、言ったことを後悔したに違いない。
「一人で考えてぇことでもあった?」
「ああ、色々な。」
言いながらも三蔵は少し笑っていた。
その顔を見て安心した。
時々怒らせたのではないかとか、変に気を使ってしまう。
三蔵には天蓬が口走った恋人関係を求めている訳ではないが、
ただもっと気楽にさりげなく一緒に居たい。
触れた手や、微かに香る三蔵の匂いを思い出すと落ち着いた。
前に蓮実の言っていた「好き」であるかは良くわからないが。
ただ、あからさまに捲簾と天蓬を目の前にして正直ビビる気持ちもあった。
「はぁー。俺は考えんの、めんどくせぇ。」
「だったら考えるな。」
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「なっ会社で寝たって落ち着かねぇだろって。三蔵のボケッ。」
「お前んちも落ち着かねー。」
「悪う御座いました。でも前来た時より綺麗っしょ。」
「そうだな。」
「俺に気使わないで、さっさと寝ろよ、三蔵仕事なんだから。
俺は下で寝るからベッド使って。」
「解った。」
三蔵が寝入ったのを確認すると悟浄はベッドにもたれ掛かって毛布に包まって眠りについた。
スースーと言う寝息が心地よく聞こえていた。
突然鳴り出した携帯の着信音で目を覚ますと、10時を過ぎていた。
「...うん、寝てた...」
寝ぼけながら相手も確かめずに携帯を取った。
「...今日?休みだけどさ。別に何もねーよ。」
電話相手に一方的に用件を伝えられ、返事をする間もなく切られてしまった。
「誰もいいって言ってないし...。」
呟きながらも内心嬉しかった。
なんとなく一人じゃ居たくない気分だったから。
ベッドを抜け出すと身支度を始めた。
Tシャツに袖を通しているとチャイムが鳴った。
もったいぶってゆっくり扉を開ける。
「いつこっち来たの?」
「今朝早く。」
「アポ無しだから今日のは高いぜ。」
「久しぶりに聞いた(笑)。」
懐かしい匂いがする。
「悟浄...。」
女の目は少し赤かった。
「男となんかあった?...」
「そんなの日常茶飯事。」
女は悟浄の胸にペタンと張り付いて来た。
「じゃ俺のこと思い出した?」
「誕生日...」
「覚えてた?」
「忘れる訳ないじゃん。」
悟浄の胸に張り付いたまま女は言った。
「だよな。」
「温もりって罪だね。」
暫く開けていなかった鍵が少し外れそうに.........
温もりは罪だ。
まして好きだった女が傍にいれば抱きたくもなる。
「比沙子...」
比沙子は昔、無茶してた頃に知り合った。
お互い似たような境遇で誕生日まで一緒だった。
寂しくなると一緒に居た。
かと言って付き合っている訳でもなかった。
お互い都合のいい関係だったが、
三年程前から他の土地で男と暮らしていた。
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二人でボーっと煙草を吸う。
ふと比沙子の目がテーブルに乗っかっている紙切れに止まった。
「悟浄、これ意味深だね。悪いとこきちゃったかな?」
「意味深って?」
比沙子の指差すテーブルの上に見覚えのないメモが乗っていた。
〜鍵はポストに入れて置く。無施錠で出て行くと無用心だから。〜
三蔵...らしくねーぞ(笑)
おまけに初めて見た文字が凄く達筆で驚いた。
「俺、今さ。彼女じゃねーけど大事にしたいヤツがいるんだ。」
33 白鷺 前編
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