025-1 のどあめ(前)
「三蔵、今、来れる?」
「悟浄か?何処だ」
「小春屋の近くの、あの公園」
「30分位かかるが」
「待ってる」
携帯を切って手を上げる。
すぐ、タクシーが停まった。
「どしたの?」
「急用が出来たんで帰る。近くまで乗ってくか?」
「いいよ、ここまで出てきたから、ソフマップ寄りたいし。じゃ、また明日」
週半ばの道は意外に空いていて、20分弱で、公園の入口に着いた。
「1870円です」
「しばらく、待ってて貰えないか?」
「戻ってこられるんで?」
「時間かかるかも知れねえが…」
思いついて、携帯を番号表示して見せた。
「待ちきれなくなったら、呼んでくれ」
「ええ、大丈夫ですよ」
階段を、駆け上がる。
熱気が冷めない空気が、重く三蔵のからだにまとわりついた。
街灯の下に、悟浄が、携帯を握ったままの手をぶら下げて立っている。
「三蔵」
足元に、蹲っていた人影が、びくりと動いた。
「三蔵、蓮実送ってってくれねえ?−俺が送るっつっても聞かねえんだ。そんで、動けなくてさ」
蓮実は、腕で顔を庇いながら、立った。
「大丈夫、だって…ば。三蔵さん、ごめん、来させ、ちゃって」
懸命に抑えても、嗄れた声の震えは隠せなかった。
三蔵はそっと、蓮実の肘を引く。
「タクシーが待ってる」
「…でも」
「どうせ同じ方向だ」
「…うん」
「頼むわ」
横をすり抜けて行こうとした悟浄の肩を、三蔵は空いた手で捕らえる。
「お前も乗れ」
「俺は行くとこあんだよ」
「今のお前がバイクに乗ったら事故る」
淡々とした声と裏腹に、三蔵の指は痛いほど力がこもっている。
悟浄は出かかった反駁を飲み込んだ。
部屋に入ると、三蔵は蓮実にタオルを二枚出させた。
一枚を水、一枚をポットの湯で絞ると、
熱い方から眼に当てさせる。
「1分交替で冷たいのと、熱いの当てるんだ。このカップ、耐熱か?」
水切り籠にあったカップを取り上げると、
僅かにタオルをずらした蓮実が頷いた。
三蔵は冷蔵庫から勝手に牛乳を取り出し、レンジで温めて、
砂糖を入れて蓮実に渡す。
タオルを載せていくらか上を向いたままの蓮実はひとくち含み、
「甘くておいしい」
と、呟いた。
「カルシウム摂ると眠れるからな」
言いながら、三蔵はタオルを絞り直した。
「それ、何のオマジナイ?」
「こうしとくと朝、眼の腫れ引く」
「へえ…三蔵がそーいうこと知ってるって意外」
「そういうのに詳しい奴に教わった」
「…ありがと、三蔵さん。悟浄、これで明日ちゃんと行けるよ」
「そっか。んじゃ、明日」
「お休み」
タオルを当てたまま、起って来た蓮実が、
閉めたドアにしっかりキイとチェーンを掛ける音を確かめ、
二人はマンションを出た。
「タクシーで行く方がいいぞ」
「そしたら、三蔵一緒に来てくれんの?」
「行ってもいいが、俺は車で待ってる」
「うん、それでいい」
駅裏のロータリーに、ぽつんと一台空車が居た。
「あれ、お客さん」
「あんたか」
さっきの運転手だった。
「また、往復になるんだが…長いかも知れない」
「いいですよ、今日はご縁があるんでしょう」
慈燕の店への道を聞くと、運転手は低くFENをつけて走り出した。
悟浄が低く、
「ごめん、付き合わしちまって」
と呟いた。
「今更だが、お前が兄貴に何か言って、どうにかなるのか?」
「蓮実とのことは蓮実と兄貴の問題なんだよ。わかってる。
だけど、兄貴が…人を好きになることとかから逃げてるってのは…
俺だって背負ってるモン同じなのに、兄貴がそれじゃ、怖いんだ、
俺もそうやって逃げたくなるんじゃねえかって…そんでそれ兄貴のせいにしそうで」
俯いたままぼそぼそ言う悟浄の言葉は、
三蔵にはつかみきれなかった。
(肉親ってものが俺にはわからねえ)
それは手足や内臓のように在って当たり前なものなのに、
自分には欠けている、と告げる時でも場所でもなかった。
三蔵はただ、関節が白くなるほど握り合わせた悟浄の手を軽く叩いた。
前に、蓮実にも同じようにしたのを思い出したが、
固い悟浄の手は、次の瞬間、きつく三蔵の手を掴んでいた。
「ごめん、ちょっとだけ、こうさせてて」
025 のどあめ(後)
ああまた長くなってる…
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