風はもう、冷たく乾いて、頬を、耳を、切っていく。



彼の声が聞こえた気がした。
とうとう、昼間まで夢を見るようになっちゃった?

途切れる浅い眠りに疲れた眼は、アスファルトと靴の先しか見ない。

だのに、気がつくと、あのビルの前にいた。
寝不足の頭に誰かがアスベストを詰め込んだみたいで、
咎められるかもしれないと思うのに、
手は勝手に、埃だらけのままのガラス扉を押し、
薄暗い入口を横切って、エレベーターのボタンを押していた。

しんと冷え切った13階の廊下も、
温度のほかは変わりない。

階段はまだ、ぼろぼろのまま、でも崩れ落ちてはいなかった。
粉々になったって、構わない。
…木枯しに押されて、端から落っこちたって。

恋くらいで、死ぬ気なんて起きてるわけじゃない。
ただ、筋の通った考えとか、一つの方向にまとまった感情って
どうやったらいいのか、見失ってる、それだけ。

「―

また、夢みてるんだ。手を伸ばしたら、消えるんだ。
吹き乱される赤い髪も、ポケットに突っ込んでる手も、リアルだなあ。

夢なら、ここから飛べるかも知れない。
久しぶりに、笑えてきて、ゆらゆらと、端に寄っていった。

「…危ねえって!」

腕が、痛い…?

、俺、ここにいるってば!何で明後日の方になんかフラフラ行くんだよ…」

「悟浄?」

ほんとに?

「何で?」

の居そうなとこ、あちこち行ったけど、どこもいねーんだもん。ココしかなかった。
ココで呼んだらどうにかなんないかって、もうヤケだったけど。
でも、…出てきたから、すげーよな」

抱き寄せる腕も、匂いも、眩暈がしそうに、忘れてなくて。
でも、もう。
あの家はない。

「やめてよ、したくないんだから、もう」

「…何言ってんの?」

「他の町とか、またあんな家があちこちあるんでしょ、一個ずつ女も装備で。
そっちですればいい、あたしはあの家と一緒におしまいでいいじゃない」

もっと、かっこよく、…あれは、1ヶ月前?に、言う筈だったのに。

「そんなん…ねえよ」

「痛いってば、離してよ」

腕をきつく掴まれて、泣きたいのはあたしなのに、何で、悟浄が、痛そうな顔なの?

「ずっととしか、してねえ。と会ってから。そりゃ若いときはムチャクチャもやったけど、
ここんとこずっと、もう、好きな女としかしねえよ…
好きだったら、キスして抱きしめて、繋がってたいって、当たり前じゃん。
だから、いっぱいシタ。
は、違うの?俺、好きじゃなかった?」

もう、涙は涸れたはずだったのに。

「だったら…どうして、何も言わないで、行っちゃったの?あれで終わりだって、あたし…」

「…でも、、『また』って言ってたから、また会えるって俺、思い込んでたし…
この辺のダチんとこにバラバラに置いといた俺のモノ、集めてこなきゃってので頭、いっぱいだったし。
一週間で戻ってすぐ、ずっと、探してたけど会えなくてどうしようって思ってたんだぜ?」

あたしが、ずっと、彼の思い出をかきたてる場所を避けてたから。
ごつごつした指が、柔らかく涙を拭う。

「ここでは、ダチの、あのジジイんちに転がり込んでたけど、部屋、借りた。仕事も見つけた」

顔を挟んで、眼を覗き込む、優しいけれど真剣な眼。

と一緒に、居たくて。ずっと、これから。
…返事、聞かせて?」

「居たいよ、悟浄と…一緒に居たい」

言葉にするのが、下手なあたしたちだけど、
もっと、ちゃんと伝え合おう。
大事なことを、きちんと言おう。
すれ違う手を、もう離さないように。

Fin.

伊豆様、粗品ご笑納下さいまし。

チキ

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