ひとひらの…(金蝉ドリーム)
見上げればいつも同じ色の空。
風にいくばくかのはなびらが舞い、
足元に散り敷いても、
枝はいつも滴るように花に埋もれたまま。
変らないものは何も美しくないと、
お前が言ったわけではないけれど、
お前はきっとそう思っているだろう。
ふくらんだ蕾が散りばめられた
真っ黒な夜の樹々の中に、
置き忘れられた月のように立っていた。
。
俺がお前の名を初めて呼んだ夜。
「ほら、あそこ」
ゆびさす先に、ぼつりと白く。
の視線の高さまで身を屈めると、
ひとつぶの模様のように、
いちはやく綻んだ花。
「おかしいよね」
確かにおかしい。
耳元だと、同じ声が、なぜか胸をかき乱す。
「ひとつだってちゃんと、花のかたちしてるのに。
ひとつぶだけでは、桜だって思えない。
たくさんが集まらないと、桜にならない」
「桜、好きか?」
好きだと言ったら、どうするつもりだったのだろう。
「−わからない」
まなざしは揺らいで流れる。
「あんなに白くて、花だけが枝一杯にあると…怖い気がするの」
肩をそっと、もたせてきたは、
いつもよりもっと小さく見えて、俺を切なくさせた。
「…だから散り出す頃やっと安心して見られる」
そして、笑顔は俺の胸を灼く。
こんな痛みは、終わりのない筈の俺には無縁だったのに。
「地面が、誰かが、綺麗な小袖を忘れていったみたいに、
はなびら模様になって…」
やがて、滴のような小さな実が、半ば陽に染まって、
風に散らばるのも綺麗だけれど、
そこから芽が出るのはそういえば、見たことがない。
ぽつり、ぽつりと言葉を継ぐ唇は、
仄かな赤い花だ。
「毎年毎年、完結しちゃうんだね、桜は…
だからあんなに皆、狂うんだね。
怖いんだね」
そっと、握りしめた掌の、
小ささと、熱さは、今も鮮やかに蘇る。
次に地上に降りられたときは、桜並木は、
もう濡れたような葉ばかりがひしめいていた。
小さなは、その葉陰にも、
ひょいと隠れてしまいそうだったけれど、
…俺には見つけられなかった。
「地上の女性の運命は花と同じなんですよ、金蝉。
あっという間に、姿も身の上も変ってしまう。
…変らないのは死んだものだけです」
「生きたまんま、変らねぇ俺達は、じゃあ、なんなんだ」
お前が残した、火傷のようなかすかな痛みが、
かろうじて、俺が生きていると思わせていた。
永い、永い、退屈な日々だった。
Fin