1 嵐を呼ぶ女:登場


「なたく、俺を殺すなんて、嘘だよな?」
見開かれた悟空の瞳が、その金色が、なたくの心に張り詰めていた、最後の弦を切った。
(もう、これを濡らすのは…俺の血だけでいい!)
なたくが握り締めた青竜刀を、ためらわずに自分の頚に向けた瞬間だった。

「惜しい!」
凛々たるメゾソプラノが、玉座の間を撃ち抜いた。
麻のごとく乱れていた一座の動きが、凍りつく。
頬の血を拭いもせず李塔天の手勢に立ち向かっていた捲簾も。
捲簾に駆け寄ろうとして阻む兵士どもを薙ぎ倒していた天蓬も。
そしてなたくさえも。
入口に立っていたのは…

黄・赤・黒に塗り分けたお面をかぶり、同じ染め分けのアフロカツラに、
白に黒の縁取りのアディ○スのVネックシャツ、黒のハーフパンツ、
白のハイソックス、黒のシューズの上にドイツ国旗をマントのように巻き付けた姿だった。

「はい、道あけて」
ハエを追うかのように片手をひらひらさせるその人物の異様さに、
思わず兵士たちも後ずさる。
その人物が、なたくと悟空の前で足を止めた、転瞬。
ドイツ国旗が宙に閃き、床に落ちた。

「本日西方・東方軍総帥に着任・天界軍陸将・南海皇女です!
肉体及び精神年齢は可憐でうら若き26歳よv」
何故か、左斜めに身を傾け、腕で胸を抱いて、
片目をつぶるグラビアアイドルポーズで立っているのは…

西海竜王の軍服とほぼ型は同じだが、
きらびやかにモールと肩章で飾られ、
ぴったりと仕立てられた白い軍服の上着は艶かしい曲線を描き、
超ミニスカ(タイト)からすらりと伸びた足元は、
黒エナメルのハイヒールといういでたちの美女だった。
輝くようなハート型の輪郭、
長く反ったまつげが縁取る完璧なアーモンドアイズ、
ふっくらと濡れ光る唇。
思わずそこにいる男という男が、ぽかんと口を開けて見惚れた。
…一名を除いて。

「お前ら、どけ!!またわけのわからん格好で来おって!」
珍しく大声を出しているのは、西海竜王敖潤だった。
「うっさいわね!あのオヤヂだのなんかヒゲヅラだのパパだのがやってきてガタガタいうから
電話が128回しかかけられなくて最終戦のチケット取れなかったのよ!
せめてカーンが最優秀選手に選ばれて4年後にも代表目指すって宣言した日に
ドイツサポーターの格好位したっていいじゃない!」
「天帝をオヤヂ呼ばわりするな!
最終戦て、お前ドイツ人でもブラジル人でもなかったろーが!
「そんじょそこらのドイツ人よりアタシのがカーンを愛してるのに国籍がなんだっつーのよ!
FNNの安藤裕子だって『知性ある大人の女性ならカーンに注目しますよねv』
って言ってたんだから!」(*1)

と敖潤が息が切れた瞬間、なたくは我に返った。
(俺の悲愴な決意はなんなんだよ!大体このねーちゃん全然場の空気読んでねえよ
大人なんか…大人なんか、畜生っ!)
目をつぶり、刃を自分に叩きつけようとしたが…
動かない。
なたくは目を見開いた。
「チッチッチッ」
目の前に、人差し指を振るがいた。
刃はもう一方の指に軽くつままれている。
だが、闘神なたくが渾身の力を込めても、刃は微動だにしなかった。

「だめよ、折角のイベントなんだから
そんな皆が見てもいないときにコトを起こしてどうするの?
まだ若いから無理はないけど、事件の器を読まなきゃだめよv」
じっと見入ってくる瞳から、なたくは目を逸らせなかった。

「う…器?」
「そう。世界の全ては、『器』で計れるの。
器の命は、『美』なのよ。人という器は、脆く、小さいけれど、
より大きな器に生まれ変わろうとするとき、人は美しく輝くのよ!


何故か今度は空いている片手でビシッと天井のどこかを指し、
語り継ぐ人もなく…と小声で『ヘッ○ライト・テールライト』を歌い出しかけた
しかし、つっこみようもなく茫然とするなたくに気付いて、また話し出した。

「日頃自分をコキ使うだけのオヤヂだのヒゲジジイにいい加減うんざりしたところで、
やっと出来た友達を殺せって言われてキレたけど、
もう他の者の血を流したくないから、自殺を図った。青春モノの王道よ。
なかなかの器だわ。
これがあんまり人のいない桜の木の下でとかなら殆ど完璧な絵になるといってもいいんだけどねぇ。
こうごった返した冴えない広間じゃねえ。
それに問題は、キミが死んじゃったら、守りたいこの子の責任にされるってこと。
それか、あっちのお兄さん方になすりつけられて、
結局キミがイヤで堪らない汚い大人の思惑にキミの死が踏みにじられちゃうのよ?
いいこと?ココで一番美しい器となる方法は、ちょっと、そこの子いらっしゃい」

手招きされて悟空は、気が抜けたような顔でとことこやってきた。
「そこの前開けてるお兄さんも。あとあっちの白衣メガネのお兄さん」
二人が歩き出すと、さすがに部屋には緊張の波が走ったが、
当人達、それには平然たるものだ。

「この三人を殺せっていわれたのよね?あのヒゲオヤヂに」
なたくは刃を脇におろしていくの手に逆らうことなく、
うなだれたまま、肯いた。
「よっしゃ、じゃあ…はい、メガネはこっち。この子はここ、と。
で、お兄さんはこうね」

はなたくを囲むように3人を配置し、数歩引いて眺めた。
「配色とヴィジュアルのバランスはまぁ、これでいいわね」
「いってぇ何やってんの、アンタ?」
捲簾が首をねじ向けて訊いたが、
「ダメよ、あなたはそっちのメガネの方を見てるか上の方を仰いでなさい」
「何で」
「こっち向いてるといかにもカメラ目線で絵にならないじゃないの」

(*1)ほんとに言ってました。ビバ安藤さん

 コレ、続けていいのかな〜…でも続ける。


準備中・続いたりするんだなこれが