うなだれたは、僕を見ない。
何をどう動かせば、歯車は、きちんと噛み合ったんだろう。
何日も、何度も切り出そうとする度、
僕の目を避けると向かい合うと挫けて、とうとう今日になってしまった。
今日、灯りの点った部屋で、僕を待っていてくれた食卓が、
どれだけ嬉しかったか。
そして、この贈り物。
君の笑顔を見ていたくて、望み過ぎてはいけない、今だけでも、と
言葉を殺してきた報いのように、今、僕は言葉を見失ってしまった。
時間から目を逸らしていれば、今あるものを失わずに済むなんて、
一方的な思い込みだと、僕は既に学習してしまっているのに。
* * * *
甲高いクラクションが、張り詰めた空気を破った。
「早く出て来いよ!」
悟浄の声に、はびっくりして、窓に駆け寄った。
真下に、悟浄のオープンカーが停まっている。助手席の悟空が、手を振った。
「今からちょっと、僕の行くところに付き合って下さいね」
「え、どこに?あ、お財布…」
「何も要りませんよ、鍵は僕が持ってますから」
連れていったのは、の職場の隣、市役所のビル。
「あの、悟浄さん、」
「ま、来てみなよ、ちゃん」
もう人の気配もまばらな建物で、一番、奥の小部屋。
正面の机には、不機嫌そうに腕を組んだ三蔵が待っていた。
「遅えぞ」
「三ちゃん、その態度はないっしょ。ちゃん怖がるじゃん」
そっと腕をとって、机の前に立つと、三蔵が書類を滑らせてくる。
「こ…れ」
「いきなりですけど。…今日、僕が一番、欲しいものを、くれませんか?」
の唇が動いたが、声は出なかった。
でも、の眼がやっと、僕の眼を見て、しっかりと頷いてくれた。
僕はもう、サインしてある、婚姻届。
「いいんだな?じゃ、俺の前で宣誓したってことにするぞ、」
三蔵が、判事のサイン欄にペンを走らせた。
「人の奥さんを、呼び捨ては困ります、三蔵」
「いちゃつくのはテメエの家に帰ってからだ。こっちは時間外で付き合ってやってんだ」
僕が悟浄と悟空にクラッカーを浴びせられている間に、がサインした。
僕の片手を、離さずに。
「じゃ、写真撮ろうぜ。背景がイマイチだけどな」
「はい、ちゃん、コレ」
悟空が渡してくれた、小さなピンクの薔薇の花束をは大切そうに胸に抱いた。
「そんな泣き顔、僕以外の人に見せちゃ、ダメです、」
出会ったとき、僕の胸に灯りを点してくれた、温かい笑顔の頬にはまだ、涙が残っていて、
写真の中のは、子供のような泣き笑いになっていた。
「…こんなヘンな顔の、飾るの?」
あの額に今、納まっているのは、あの日の写真。
「これはずっと、飾っておきたいんです。綺麗にしてくれた、かなんの思い出は、もちろん大事ですけど。
でも、今の僕は、精一杯、前を見て生きていたいんです。
と一緒に」
これから、思い出すどの風景にも、君がいる。
その始まりの日の君の表情は、いつの日も、いつまでも、僕の道標。
Fin.
1088を踏んで、当サイト初のキリバンを申告して下さった
雪姫様のリク「八戒さんバースデイドリ」。
たまにはうちでも優しくまともな八戒さん…のようですが、
自分の誕生日に自分の欲しいもの段取りするあたりがどうも…
でも彼とさんには、愛があるということで、大目に見てやって下さい。
雪姫様、いつもご来訪ありがとうございます。
これからもどうぞ、よろしくお願いします。