愛する神の歌

4

「…?」

背中で聞いた、廓に行った、という俺の言葉に軽口を返した八戒。

戸惑わせたのは、その名前より、むしろ俺の声音だったようだ。
「ああ、そういう名前の娘と登楼った(あがった)」
「それが…何か?」
「その娘は、口を利かねえ。心の動きは3つ4つの餓鬼と同じ。

…そうなったのは、親を殺されて、死体を目の当たりにしたからだとよ」
俺は深く息を吸って、胸に圧しつけられた石のようなものを押しのけた。
「お前に」
振向いた八戒の顔は、唇まで、灰色だった。
「あの…村の住人は、一人残らず殺しました…子供だって」
の親は、隣村から偶々来て巻き添え食ったんだと」
最悪のところをぶちまけてしまうと、俺はむしろ冷静に、残りの事情を話した。
焦点を失っていた八戒の眸に、光が戻ってくる。
―と、それは凶暴な色に変わって、椅子から跳ね起きた。

「…何処、行く気だっ!」
タックルのように抑え込んだ勢いで、椅子の脚が折れ、八戒の頬を掠めた。

痛みが多少、奴を我に還らせたらしい。
「…そこに飛んで行ったからってどうしようもねえんだよ」
「−じゃ、何でそんな話聞かせたんです!」

「お前、廓ってモノ判ってねえよ。女は回転する金で、簡単に逃がせたら成り立たねえ。

その上、って娘は今あの廓の呼び物なんだぜ。
万が一お前が首尾よく攫って来たって、奴らは草の根分けても探し出す。
掟を破ったのはお前になるから、またお尋ね者になるんだぜ?

お前が血祭りに挙げられては連れ戻されるだけだ」
八戒の腕を取って、別の椅子に座らせた。
「穏やかにやるなら、まず身請だけどな、
あの娘の評判はどこまでも追いかけてくる。
三蔵と相談した。
を死なせる。俺たちが」
また虚ろに泳いでいた八戒の目に光が戻ってきた。