愛する神の歌





三蔵は寺の持つ政治力を鮮やかに行使して見せた。
あの街は、俺が使いをさせられた
道教の寺が支配している。
…遊郭も、元は寺の参詣者達目当てに出来たものだ。

公に認めた遊所を作って掟の下に安全に参詣者を遊ばせれば、
結局男達は何度でも招き寄せられて金を落としてゆく。
その上がりを税として徴収する代わりに、
警察力は、私娼や、足抜けといった掟破りを取締り、
権力者は売色粛清の動きを握り潰す。
よくあるギヴ・アンド・テイク。


三蔵は俺を辺りの街の賭場や酒場に泳がせて、

この街の廓だけが近頃異常に人を集める動きが、
近隣の同業者達の不満を鬱積させている噂を拾わせた。
裏の世界の拮抗関係は、そのまま、
表の世界の支配力に繋がる。−つまり、集客と金だ。
この噂はさりげなく一帯の寺や遊所に流され、
煽られて…


やがて、初めてそんな俗世の事を耳にした、
という空っとぼけた面の長安の玄奘三蔵を含めた、
権力者達の会合が秘密裡に持たれ…
その廓の盛況の元凶たる、
「見世の掟を守らずに客の袖を引く遊女」は
廓を追放され、八里四方処払い
(その街の境界から八里以内に足を踏み入れてはならない)
ということになった。
厳重に警吏に守られ、長安に運ばれたは、
山道で襲った山賊に攫われ、行方不明に。
公の記録にはそう記されている。

…山賊は悟空と八戒と俺だった。
当身で倒された警吏達は、何も知らない。
実際は途中で殺せという命を受けて、
仕置を受ける形で顔を布で覆われた哀れな娘の、
顔かたちすら、彼らは見なかった。


長安で、長い髪をばっさりと襟足で切り揃え、
簡素な白い服に着替えたには、
遊女だった面影などどこにも見られなかった。
…何も留めない心は、汚れようがない。
三蔵が探してくれた、年老いた女医は、丁寧にの体を診てくれた。
「幸い業病は貰わなかったようね…
でも、まともな食事は長いことしていないわ。

貧血が酷いし、大分内臓も弱ってる。
体を回復させるのが、まず最優先事項ね」
「…心の方は、どうでしょうか?」
八戒は掠れた声で、尋ねた。
「どうともいえない…わね」
カルテを仕舞いながら、女医は気の毒そうに言った。
「弱った体が回復すれば、記憶や感情が戻る希望は、無くはないけれど…

この子は、衝撃で
心の動きを封じこめてしまったわけだから。
そうやって、かろうじて心が崩れてしまわないよう守ったんでしょう。
それを無理に解き放とうとしてはいけないわ。
刺激の少ない環境で、愛情と理性を持って、根気良く世話をして、

まずこの子の体を助けてやりなさい。
心と体は全く別々のものじゃない。
10歳かそこらで止まった時間を進めるんだったら、
奇跡や早送りを望んじゃだめなのよ」