Scarlet Bunny




「ダメだってば」

ボクの唇から煙草が奪われる。

「ひどいなぁ、そんなにウサギが大事?」

キミはボクのウサギの ちゃん。

そしてボクのウサギちゃんは、ウサギを飼ってる。

「博士はうーの名前絶対呼ばない…」

尖らせた唇に指を当てる。

染みついた煙草の匂いが、

キミの心からまた、ひとすじの血を垂らす。


うーなんて安易な名前はニセモノ。

キミが心の中で呼び続けてる名前に、

いつまで知らんぷりしててあげようかな。

「唇寂しいよ?」

引き寄せるとすぐ目を瞑るボクのウサギ。

キミの青白い瞼の下にいるのはボクじゃない。

キミが嗅ぎたい匂いはボクのピースじゃない。


最初にボクが捕まえたとき、

キミは細かい雪の中で、

ほんもののウサギみたいにピョンピョン、遊んでいた。

薄い砂糖のような新雪に足跡を刻み、手形をつける。

ボクが見ているのに気付くと、

ほんの少し、頬の血のいろが濃くなったけれど、

おすまし顔で遊び続けてた。

最初は、玩具にするつもりだったけど。

研究室の隅で遊ばせていたら、

キミの周りにゴロゴロと現れた小動物たち。


…ボクらが用済みにしたウサギを、

キミはこっそり拾って動物に変えていた。

変容の呪の使えるウサギちゃん。

公主サマの目が吊り上がって来たあたりで、ボクはこの子を送り出した。

ボクのオモチャをぶち壊してくれたお兄さん方のところへ。

「ミイラ取りがミイラにならないといいですわね」

黄博士のイヤミが、まさか的中するとはね。

帰ってきたキミは、小さなカゴを抱えていた。

「どうしたの、それ」

「拾ったの…ねえ、飼っていいでしょ?」

「キミが今まで作っちゃった動物も多いからねぇ」

「殺していいよ、他のは。どうせ死ぬところだったんだもん」

あっそ。いつだって男の方が、センチメンタルな生き物なんだよね。

「ちゃんと、あの一行の戦力減らしてきたよ?お願い」

「いいよ、じゃ、の部屋で飼いなさい」

疲れきった眠りに漂うを置いて、隣の部屋の灯りをつける。

覆いをめくると、ビクビクと身を震わせる、

目も毛並みも真っ赤なウサギ。

煙草の煙を吹きかけると瞬く目には

読み取れる感情なんて見られない。

「沙悟浄クン、の記憶ってあるの?どうなの?」

はキミを愛したけど、

許されない存在の自分は彼女を幸せにできない、と

キミは彼女から離れようとした。

別れの言葉も何もなくて、

ただ連絡を絶って、姿を消しただけ。

それって優しそうにみえて、残酷なんだよ、一番。

だからこんな姿にされてしまった。

他のウサギも、他の生き物もボク以外は見ることがない生活。

この狭い檻の中で、の姿との声、が与える餌と水がキミの全て。


多分いつかあの光明の弟子たちがここに現れて、

を殺してキミを助け出すんだろうね。

はずっとその瞬間を待ってる。

キミの、せめてココロの棘になって、忘れられずにいたいから。

「−キミを殺すって手もあるか。ねえ?」

真紅い瞳は泳いでいるだけで、何の反応もない。

やっぱり、頭も全部、ウサギになってるのかな。

それって随分楽でいいね。

「そうしたら、がボクを殺すかな?」

それも悪くない。

覆いを元に戻して、寝室に戻ると、大きな瞳をあけてがボクを見上げた。

「寒いよ、博士…いなくならないで」

その涙はボクのためじゃないけど、ボクはその味、好きだよ?