In Your Eyes



「…終わっちゃった」


今日ばかりは、と帰宅を急ぐ同僚の分も引きうけた仕事も終わってしまった。
今日はクリスマス・イヴ。
大学も冬休み。
の居る図書館のスタッフルームから見える研究棟も真っ暗だ。


恋人は、いつもならあの建物の最上階の左端にいる。
司書にすぎない は、入ることもできないけれど、
その窓の灯りはいつも、心を暖めてくれる。


長安仏典大学の、カリスマ教授で「玄奘三蔵」法師だから、
皆のように、街でクリスマスデートなんて、論外なのはわかってる。
でも、(お坊さんにはイヴェントじゃない日だから)
二人でゆっくりできるかな?と期待はしてたのに…


いきなり、よりによって今日、
この大学主催の「仏教・神道シンポジウム」が入ってしまった。
中味はほとんどただのパーティらしいけれど。
判ったのはなんと一週間前。


「ったく、坊主や神主どもが、クリスマスに
騒げねえリヴェンジしようって気が見え見えなんだよ」


三蔵の研究助手の悟浄は、すごい勢いで煙草を吹かしてこぼした。


「会場設営、他の学生の手伝いも期待できないし、前日僕らは寝られなさそうですねぇ…」
いつも優しい笑顔の助教授の八戒も、口許が引きつっていた。

「でもごちそー、俺らも食えんだろー?」
学生の悟空君だけが、イソイソしていたっけ。

皆、今頃は研究棟の向う側、大講堂で、てんてこ舞いしているはず。
三蔵は講演を押しつけられ、いつもの倍、機嫌が悪かった、と八戒が言っていた。
会えない日々が重なり、 には三蔵の眉間の筋まで恋しかったけれど…


部屋の灯りを消すと、窓の外がほの明るかった。

「あ、雪…ホワイトクリスマスだ…」

ふわりふわりと舞う雪片が、ぼやけてにじむ。

ケーキも、プレゼントも要らない。
ただ、恋人たちが皆、一緒に甘い夢を見る今夜、
一人ぼっちの部屋に帰るのが には淋しかった。

この雪も、三蔵と一緒に見られたら、宝石より大事な宝物になるのに。


ふいに、暖かい腕が後ろから を包む。

「―三蔵?!」

マルボロの匂いと、耳元に感じる唇。

「真っ暗な部屋で何やってんだ。…ま、丁度良かったけどな。前、見てみろ」

言われるままに は窓に目を向ける。
真っ暗な研究棟の、最上階の真中の窓に一つ、
その下の階に二つ、さらに下に三つ…と四角く点ってゆく灯り。
七階下まで、裾広がりに灯りが点くと、その下は真中の二つだけ、二階分点った。

ビルの壁に浮かび上がる、灯りのクリスマスツリー。


「綺麗…」

細かくなってきた雪のレースが、無機質な灯りも幻想的に引きたてた。

「お前にやるよ」

「あんな大きいツリー、私のちっちゃい部屋には入らないね」

三蔵は、 の瞼に唇で触れた。

「目の中にしまっとけ。ずっとつぶってろよ」

そのまま、抱き上げられて、入り口に止めてあった三蔵の車に乗せられた。

「出てきちゃって、いいの?三蔵…」

は心配そうに聞く。

「適当に喋って義理は済ました。後は知らん」

ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、目を瞑ったままの に向ける瞳はとても優しい。

「…どうやったの?あのツリー…」

「後でわかる」

悟浄と悟空が走り回ってスイッチを入れていき、
八戒が配電室を操作した…と話す気はさらさらなかった。


(しょうがねェな、 チャンのためじゃ、な)

と、フォークを咥えたままの悟空を引きずっていった悟浄や、

(ほんとはデートしようと思ってたから、あんなにヘソ曲げてたんでしょう?
協力しますから、ちゃんと講演だけは済ませて下さいよ。
その後消えられても、まあ何とかなるでしょう)

と笑顔で図星と釘を刺した八戒達は、どうせ黙ってはいない。


今夜は の耳に、他の男の名前が入る余地はないのだから。


Fin.



昔々、R-Bloom in the heart様に掲載して頂いた初書きドリです。

三蔵は偽だし八戒じゃなくて天蓬だし でもなんか普通のドリですねぇ。
こういうの書けた日もあったのね(遠い目)