Be My...
「…あっ」
振り向くと、緑のエプロンの上にダウンコートを羽織った女の子が、
のかけた「Closed」の札を見つめている。
冷たい風に真っ赤な、化粧っけのない頬。
「えっと…花屋サン、ですよね?」
「は、はい…」
通りを渡ったところの花屋の店員で、
ここのレストランにも切花を届けに来ることがある。
「おいしい…」
特製ホットチョコレートを一口飲んで、やっと内気そうな顔がほころんだ。
レッドペッパーを隠し味に、クーベルチュ−ルをたっぷり使った一杯は芯から暖まる。
「ごめんなさい、遅くにお邪魔して」
「ケーキ、お求めでした?」
「もしかして、一つ位、ないかなって・・・
すみません、予約しておけばよかったんですけど」
「お忙しそうでしたものね」
「彼が・・・、あ、うちの店で配達やっている人で、
普段は甘いもの食べないんですけど、今日はすごく忙しくて疲れてたし・・・
あの、幸せになれるケーキの記事見て、すごく美味しそうだったから・・・」
今日はクリスマス・イヴ。
この娘も、朝から立ち詰めで、薔薇やポインセチア、
ミニツリーにフォイルをかけてリボンを結んでいた。
レストランも同じこと。
お客様の特別な一日を演出するための裏方だから。
特に今年は、雑誌で の作るブラックフォレストが、
「幸せを約束するケーキ」として取り上げられたため、
テイクアウトの注文が殺到して、前の夜は徹夜だった。
ココア風味のスポンジに、キルシュヴァッサー(さくらんぼのお酒)を染ませ、
ダークチェリーのコンポートと生クリームをはさんで、削りチョコレートをふりかける。
深紅のチェリーは、恋人の髪と瞳の色。
カカオは リオの髪と瞳の色。
二人が寄り添っている甘い時間を思いながら作るから
食べる人を幸せにできると、 は信じている.。
(ケーキそのものは、甘さ控えめだけれど)
「ちょっと、待ってて下さいね」
厨房から戻って来た の手には、
銀色の紙で包んで緑のリボンを結んだ小さな箱があった。
「他の人には秘密にして下さい
これ特に甘さ控えめで作ったから、きっと彼のお口にも合うわ」
「え、でも…」
「条件がひとつあるの」
「は、はい」
「約束して。この特製ケーキで、とびっきり、幸せなクリスマスを過ごすって」
「−はい!ありがとう!ほんとにありがとう!」
「じゃ、俺もサンタさんになってみますか」
いつのまにか、 の後ろに、悟浄が立っていた。
手には、二本のベビーシャンパン。
「 のケーキには合うんだぜ、これ。ソムリエのお墨付き」
踊るような足取りで道を渡りながら、
娘は、何度も振り返って二人に頭を下げた。
「−ごめんね、悟浄。ケーキ上げちゃって…」
は後ろから抱き寄せる悟浄の腕に頬をつけた。
悟浄は同じレストランのソムリエで、今日はやはり、目が回る程忙しかった。
明日は休みだから、今夜は悟浄の部屋で
特製ケーキで二人のクリスマスをしよう、と約束していた。
だから は昼食の時間を使い、
甘いものが苦手な悟浄のために、
砂糖を控えてカカオとキルシュを効かせたケーキを作っておいたのだ。
「いいって」
( のそういう優しいとこが、好きだし。)
チョコレート色の髪に顔を埋め、染みこんだ甘い香りに目を細める。
「俺にはちゃんと、俺だけのケーキがあるっしょ。食べると絶対幸せになるやつ♪」
「え?」
振り向くを抱き上げ、そっとベッドに降ろす。
「カカオの香りの、 v甘くて、柔かくて、いくら食べてももっと欲しくなる」
「…もう!」
押しのけようとする指先を取って、くちづける。
「ここはキルシュの匂いがするなv」
服の下に滑り込む長い指が、鎖骨をたどり、さらに下に降りていく。
「ここは生クリーム…チェリーもちゃんとあるじゃんv」
「悟浄…」
は手を伸ばし、悟浄の頬に触れた。
「じゃあ、悟浄は私のシャンパンになって。私だけの」
「ああ。思いっきり酔えよ」
長く深いキスから、二人のイヴが始まる。
R-Bloom in the heart様に掲載して頂いたドリその2。
この年『ショコラ』を観てああいう魔法のようなお菓子を作る
ヒロインを描いてみたかったような記憶があります。
その年気に入っていたワインに、
Cookatoo Black Sparklingっていう暗紅のSparklingがあり、
(Champagneのピンクのやマテウス=ロゼと違ってガーネットいろの)
悟浄がChampagneならそんな感じかなと思いました。
ベビーはPiper Heidsic BrutのPiperかな。