夢が夢なら

窓の傍には、ピンクの花を飾って。
「この色、ぜってぇに似合うと思ってさ。
…やっぱ俺様ってセンスイイじゃん♪」
私も同じピンクのセーターを着て。
お化粧は殆どしない。
「なーんもつけてねぇ時、すっげー懐かしい甘い匂いすんのなv
今日はあったかい煮込み料理の匂いが勝っちゃうかもね。
「ふー、寒っ。…帰ってきてあったけー飯出てくるって嬉しいよなー」
コーヒーはガテマラ。
石鹸はボディショップ。
ピアスはベビーパール。
バンツはクロップド丈。
迷わない。
あなたが好きだって言ったものしか
私には要らない。
あ、足音。
ドキンと胸が躍る。ちっとも慣れない。
…あ、でも、違う。
知ってる誰かだけど…
…」
「あ、悟空、悟浄ならまだなんだけど…」
なんだか、悟空は元気ない。
おなかすいてるのかな。
「夕飯できてるんだけど…よかったら食べてく?」
「あ…うん。も、一緒に食おうよ」
「私、悟浄待ってるから。今支度するね」

「…どうしちゃったの、悟空?」
あの悟空が、スプーンが重いみたいに、
やっと口に運んでる。
「なんか…味、変だったかな?」
「う、ううん、すっげー美味いよ?…お、俺、おやつ食いすぎたかも」
「そう?」
オーブンがチンと鳴って、パンが焼けたと告げる。
「パン、食べられる?無理なら包むから、持って帰って三蔵と食べてね?」
悟浄にはまた新しく、焼き立てを出せるように用意してある。
キッチンに立とうとした私を、
初めて悟空がまともに見た。
スプーンがガチャンと落ちる。
、」
「やめなさい、悟空」
肩に置かれた手、聞き慣れた声。
「八戒、いつのまに来たの?」
八戒の笑顔は泣いているようだった。
意識は白く靄に溶ける。

「だって、もう、1年も経ってるのに」
枕許の椅子で、悟空は唇を噛んだ。
三蔵は火をつけないマルボロを習慣のように灰皿に押しつぶす。
「受け入れられないんですよ。絶対死ぬなって約束させちゃったし」
ほんとに優しく残酷なことができる人ですよ、あなたは。
生きている者との約束なら、彼女だって破れる可能性はゼロじゃない。
「ん…」
彼女が身じろぎして、がばっと身を起こした。
青い顔が汗に濡れている。
「あ…れ?三蔵、八戒に悟空も…どうしたの?」
「すいません、寝てる間にお邪魔しちゃって。 大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと…怖い夢みただけ」
怖すぎて決して、口にしない彼女の夢は毎回同じ筈だ。
目の前で冷たくなっていく恋人。

それが夢ではないと。
君が毎日規則正しく送っている生活が夢なのだと。
僕らはいつ告げられるだろう。
彼が帰らないことに気付く前に君を眠らせる。
悟空が料理や花を片付け、
三蔵はハイライトをふかして吸殻を作り、ビールの缶を空ける。
僕は空のコーヒーカップを置き、
一日分の衣類を洗濯籠に入れる。
君が眠っている間に悟浄が仕事にでも行ったかのように。
こんなことがいつまでも続けられはしないと判っていても。
僕らはここから動けずにいる。



「起きてなきゃ…」
「帰って来たら、起こすに決まってますよ、何しろあの人ときたら…」
「うん、寂しがりだから」
やっと君が笑う。
嘘吐きの才能を磨くばかりの僕。
でも、もう笑顔が剥がれそうだから。
君の瞼を撫で下ろして、また短い眠りに溺らせる。
寂しがりなら寂しがりらしく、
彼女を連れて行くべきだったんです。


悟浄。
悟浄。
走っても走っても、笑顔が遠いよ。
あなたの体温がみつからない。
寒いよ。
泣かれるの嫌いって判ってるから、泣かない。
だから早く、傍に呼んで?