夢が夢なら 4

Side 八戒





青みを帯びた瞼に、そっと唇をあてる。
ゆっくりと、の眼が開くまでに、
激しく打つ心臓が、破裂しそうな気がした。
とろりと拡散した、褐色の瞳。
…腕が、柔かく僕の首を巻いた。


「…寒かった」
こんなとき、悟浄なら。
きっと、軽口を叩くか、臆面もない甘い言葉。
(俺も、なしでもう凍えちまってさ…すぐ、あっため合おうなv)なんて。

喉に引き攣れて、出ない声の代りに、僕は精一杯口を大きく拡げ、
喰らいつくようにキスをする。
性急に彼女のシャツのボタンを外しながら、
ごちゃごちゃに沈んだ記憶をかき回して、
悟浄らしいしぐさを演じようとしている。

けれど、もう悟浄の印は疾うに消えた、
滑らかなふくらみの下を辿る掌は、
ほとんど皮膚一枚に覆われたような、君の骨の細さを感じて。
僕は僕以外の男のことなど考える余裕をすぐに無くした。

淡い色の胸の頂が、薄く開いて僕を誘う唇と、同じ色に変わる。
…僕の唇に、濡らされて。
僕の歯に、噛まれて。
僕の舌に、蹂躪されて。

「ふ…っ…やっ!あっ…」

涙がにじむ。
生理的な涙も、もう何十回も味わったものと変わらない味だ。

見上げる瞳が、ぼやけたままなのをたしかめながら、
脚をゆっくり、撫で下ろして、最後の衣類を剥ぎ取る。
隙間を怖がるように、絡みついてくる、
漸く温まったの皮膚からは、
悟浄から時々匂ったヴェルガモットの石鹸の香りがして、
僕の今更なためらいを吹き飛ばした。


ああ、なんて、柔らかくて、熱いんだろう。
の恥骨が、僕の関節と当たる音と、濡れた音が混じりあう。
がくがくと揺さぶる僕の腕に、の爪が食い込む。


君は生きてるんです、
僕と繋がっている体は、心は悟浄に持っていかれたままでも、生きています。
こうして、僕の熱を受け止めている今だけは、僕のものです。


悟浄、…僕たちだって、あなたを失って辛かった。
だけど。
がもうあなたの腕を失ったとき、不逞な期待を抱かなかっただろうか。
慰めるという建前で、こうすることを、
僕らはあのとき既に目論んでいなかったといえるだろうか。

でも、あなたが作った罪じゃないですか?悟浄。
あなたがを放さなければ、僕らが、欲望と背信に引き裂かれながら、
薬で意識の曇った彼女を抱くなんてことは有り得なかった。


身動きする気配に振向くと、は腕で顔を隠すように覆っていた。
涙が一筋、頬に流れ出す。

「ごめんね、八戒」

拭おうとした手が凍りついた。
は一度も、悟浄の名を呼ばなかったことに、不意に気付く。

「…いつから…」
「わかってたの。頭では。悟浄は…行ってしまったって。
だけど…眠らせてくれて、目が覚めて、
吸殻や、洗濯物や、見てると、信じてれば戻ってくる、みたいな気がして…
あれは悪い夢で、いつか覚めれば本当に…って
自分を騙してる方が楽だったから…皆の優しさに甘えてた。
皆を私の…勝手な夢に縛り付けて…ごめんなさい」

どうして、自分しか責めないんですか、
君を夢の中に溺らせていた、僕たちこそ責められるべきなのに。

「…悟浄のところに、行きたいですか?」
「…いい?」

腕が下りて、濡れた眸が、悟浄の死から初めて、まっすぐ僕を見た。
「きっと、怒られるけど。待たせたって」
「自分で来るなって言ったのにね」
「でも、ほら。寂しがりだから」

微笑が消える前に、僕は彼女の瞼を閉じさせた。

Fin.