薄暮(144,444hit記念企画)










※八戒が女で、しかも三蔵の奥さんやってます。(゚ε゚)キニシナイ!!人だけ読んでね
















 早く殺せと男は言った。
 連れてきた当初はひどく反抗的で手を焼いたものだったが、今は別人のように大人しくなり、平静を保っている。彼が閉じ込められた室内は、天井に近いところに小窓があるだけの閉塞された空間だったが、薄汚れたベッドに腰を下ろしたまま、まるで平原でも眺めているかのような穏やかな視線を宙に向けていた。
 清一色は簡素な食事が載ったトレイを手にしたまま戸口に立ち尽くした。むっとした熱気立ちこめる狭い空間に涼を取るものなぞ何一つ無かったが、不思議に男は汗一つかかず、清々しいとまで言える顔つきでこちらを見た。その瞳には、憎悪も、困惑も、恐怖もなかった。
「食事です」
 出来るだけ感情を面に出さないように、それだけを考えて男と接していた。これは仕事だと。終われば十分な金が手に入る。そうすればもう一度やり直すことが出来る。
 男の横にトレイを置いた。情けなくも手が震えそうになり、それを堪えるために唇を噛みしめた。男は清の動揺を悟ったのか、唇の端に微かな笑みを浮かべて見せた。
「あんたは、悪い奴じゃないんだよな」
 しばらく声を出していなかったせいだろう。男の声は掠れていた。それでもそれを気にする風も無く、彼は独り言でも言うかのように言葉を続けた。
「見ればわかる。長年見なくてもいいものを見続けてきたからな。人を見る目だけは長けている。あんたは、ひどい善人に見えるな。残念ながらオレを殺すことは出来なさそうだ」
「あなたを殺すつもりはありません」
「それが目的だろうが」
 男の目は相変わらず澄んでいた。気味の悪いほどに落ち着いたその瞳は、清に恐怖を与えた。
 死をも恐れていないように見える。むしろそれを望んでいるかのような最近の言動に、清は不安めいた嫌悪を覚えさせられた。
「早く殺して欲しい。でも苦しい方法は止めてくれよな。スパッといってくれ。後腐れなく、禍根もなく、一瞬で死なせてくれよ」
 清には理解出来なかった。全く理解出来なかった。







 殺したいほど憎まれていたことに関しては、別段何の悪感情も覚えなかった。むしろそこまでの思いを巧みに隠し、貞淑な妻を延々と演じ続けていた彼女に、凄いなと、子供のような驚きを感じただけだ。
 あっさり死んだら彼女は喜んでくれるだろうか。
 三蔵はしばし夢想した。退屈な捕虜生活の中、目の前に広がるのは無限の時だけであり、思考は右往左往して留まるところが無かったが、結論はひとつだった。
 素直に殺されてやろう。それが彼女を喜ばせるなら、素直にこの身を差しだそう。いい夫に成り得なかった己の不足を、これでもって償ってやろう。
 殺してくれと告げると、見張りの男はぎょっとした顔をして動きを止めた。その振る舞いがあまりにもわかりやすかったから、三蔵は声を上げて笑った。
 男が何を考えてこの誘拐団の一員となっているのかはわからなかった。尋ねる気もないのでその理由を知ることは無いだろうが、普段の彼の所作や行動を見る限り、根っからの犯罪者ではなさそうであった。
 どこか甘さがある。誘拐などと言う罪に手を染めているわりには、囚人同様の身である今の三蔵を世話している様子からは、隠しきれない優しさが滲み出ている。
「いくら貰えるんだ? お前の取り分はいくらだ?」
 彼が部屋に入って来た時はついいらぬ言葉をかけてしまう。返事を期待しているわけではないが、何事か口からついて出てしまうのだ。
「身代金の交渉はついたのか? 八絵とは最初から連絡を取り合っていたのか?」
 彼が答えることはあまりない。問われる内容のひとつひとつに動揺し、露骨に顔をしかめて見せるだけだ。平生なら犯罪に手を染めるなぞ決してしないだろう男は、三蔵以上に苦しそうな表情を浮かべ、ただ無言で立ち尽くしている。
「オレを殺すのはいつだ?」
 いつ殺してくれても構わないと、三蔵は穏やかな気持ちでそう思う。
 最初はさすがに抵抗した。捉えられた後はいかに捕虜生活を快適にするかに気を配り、交渉人の働きに思いを託した。背後に妻の八絵がいることを知った後は、驚くほど一挙に気概が抜けていった。
 いい夫婦生活とは言えなかったが、それなりに愛したつもりだった。時折心通う一時もあったと、こうなった今でも三蔵は信じている。
 確かに、彼女の穏やかな微笑みがまっすぐにこちらを向いていることもあったのだ。







 清は男の側に寄り、古びたベッドに腰を下ろして下を向いていた。黒ずんだ木床の上に乗った己の靴を眺めながら、男が紡ぐとりとめのない話をただ聞いていた。
 男は妻に裏切られていた。身代金目的の誘拐ではあったが、その実裏で捕虜を殺せとも言われている。依頼主は彼の妻、八絵である。
 彼はその妻のことを話してくれた。
 いかに優れていたかということ。時々はっとするほど綺麗に笑ったこと。最初は確かに愛し合っていたこと。いつから均衡が崩れたのかは全くわからないこと。
 ……妻に悟浄と言う愛人がいたこと。
 不貞の事実を掴んでも、心に何の感情も浮かばなかったこと。半ば容認するような形になり、いびつな三角形を取ったままそれを放置したことによって起こった今の境遇について、彼は自嘲気味に乾いた笑い声を上げて自身をなじった。
「もともとひどい怠惰な性質で」
 彼はそこで一端口を閉ざし、ベッドの横にある薄汚れたテーブルの上に所在なげに置かれた水差しを取り、手にした椀に少量の水を注いで飲み干した。
「例えば三時に約束があるとする。三時前には待ち合わせ場所に行けるよう時間を調整するよな。しかしオレはその時間までにたどり着くことが出来ないんだ。きちんと準備して時間に余裕を持たせて行動すればいいだけなんだが、その当たり前の行動がなかなか出来ないんだよ。ことをやろうとする度に異常な時間がかかる。しかしそれが仕事になると別人のように頭が、身体が働いてしまう。後ろから前へ行け、前へ行けって引っぱたかれると走れるんだが、己ひとりになると、途端に無気力に襲われるんだ」
 彼は笑った。
「八絵のこともどうでもよかったんだ。とうに興味は薄れていたし、あいつが愛人を何人作ろうが関心は無かったんだよ。そんなオレの態度があいつを怒らせたんだろうな。あいつは充溢し過ぎた気力が常に外へ向けて発散されているかのような、オレとまるで正反対の気質を持つ奴で、一緒にいると光でも浴びせられているみたいだった。……嫌いではなかったんだ」
 形だけの身代金受け渡しを終え、彼を殺すと仕事は終わりだった。約束の報酬を得て、やっとこの町から飛び出すことが出来る。
 幾日も悩んで引き受けた仕事だったが、この男を殺したくないと、漠然とそんな思いが浮かび上がってきていた。男はそんな清の思考を巧みに読みとってくる。
「早く殺してしまった方が楽だぞ」
「殺しなんてしません」
「今更そんな詭弁が何の役にたつんだよ。依頼者は八絵、目的はオレの命、わかりきったことだろう」
 締め切られた部屋、小さな窓。拘束はしていない。逃げようと思ったら、自分を倒せば済むことだ。しかし男はそれすらしようとせず、大人しく室内に留まっていた。ろくに動かず、食事もあまり取らないものだからすっかり痩せてしまった身体は、かつての皆を魅了した美丈夫とは思えぬほどやつれていた。
 男を殺すのは簡単だろう。八絵から銃を預かってはいたが、それを使わずともあっさり息の根を止めてしまえそうだ。
 それでも、清は男を殺すことに躊躇いを覚えていた。







 天井に小さな染みがひとつある。ベッドに寝転がり、宙に視線を彷徨わせることぐらいしかすることのない日々に、その染みを見つめるのも日課となりつつあった。
 染みは時に八絵の顔にも見える。素直に上を向いた小振りな鼻に、淡い桃色をした薄い唇。彼女の横顔にも見えるその染みは、三蔵の胸に痛みを呼び起こす。
 己が死んだら、夫を殺された薄幸な妻を見事に演じるのだろうか。少しでも、自ら与えたその死を悲しんでくれるだろうか。
「なあ、清一色」
 三蔵は戸口に立ち尽くしたままこちらに寄ってこようとしない見張りの男に話しかけた。二週間近く共にいるが、彼の表情は余り変わらない。それでもその胸では様々な思いが錯綜しているらしく、最近の彼はとみに挙動不審だった。
「八絵は泣くかな」
 会社は、トップの三蔵の死によってどう動くだろう。八絵が上手く采配するに違いないが、彼女は息子悟空の後見人に悟浄を持ってくるだろう。
「八絵は、オレの死を悼んで泣いてくれるかな」
 男は相変わらず無言だった。三蔵もそれを気にせず、呟くように話し続けた。
「悲劇の女を演じる彼女はさぞかし美しいだろうな。清楚に喪服を着こなして、儚く泣き崩れるのだろうな」
 男が近づいてくる気配がした。とうとう決心したのかもしれない。今まで散々逡巡してきた男は、今ここでやっと任務を遂行する気になったのか。
 怖くはなかった。これで全てが終わると思うと、却ってせいせいした気分でさえあった。
 最後に思い出すのはやはり八絵だった。
 出会った頃の彼女は、いつも切なげに微笑みながらこちらを見上げてきた。
 



 
 三蔵はゆっくりと目を閉じた。















誘拐犯清一色殿下と被害者三蔵、何故か意気投合。589も登場

というリクを……いただいたわけだが……_| ̄|○



ごっつごめんなさい!!! 確実に99.999999%ギャグ書くべきですよね!! なんでこんなことに!! ヒィィィ!!!
わけわかんねーの書いちゃってマジごめんなさいーーーうわーん
つーか8はともかくとして59の扱いがひどいですね。名前だしときゃいいのかよ! みたいな。



あー、どうでもいい補足★
舞台は南米のどっかで。職業誘拐ある国。あはは・・・・_| ̄|○



『Bird&Flag』の一条さんのところでキリを踏んで書いて頂いた
ハードボイルド短編。レアモノ!
ひんやりした空気と静かさが非日常のシチュエーションでえらくリアルで、
毎度一条さんの才能に脱帽です。ありがとうございました。
ちき