reverb

 

 

 

狭い密室の中で彼の声は心よく反響して、

 

目を閉じると身体が宙に浮いてしまいそうになる。

 

 

散々弄んだり好き勝手にいじくったあげく、

 

彼は頃合いを見計らっていつもの台詞をささやく。

 

何回同じ事を繰り返してきても、この瞬間はなんだか恐い。

 

「ほら、ええ子やから…もうちょい力、抜いてぇな」

 

 

ぬるま湯の中で、僕の身体は本当に浮き上がる。

 

彼の両手に支えられた腰のあたりだけを頼りにして。

 

 

胸元からたち上る入浴剤の甘いジャスミンの香りと、

 

揺らされる心地よさ、こすりつけられる痛みにあいまって

 

僕は気が遠くなる。

 

 

 

 

口を開くと、声が出てしまう。

 

くちびるをきゅっと閉じても、彼の動きに合わせて鼻から抜けるのまでは止められない。

 

その小さな音さえ、浴室の壁は意地悪く増幅させて、

 

いつまでも消えることがない。

 

 

喉の奥はもう我慢できない。

 

身体の奥もああもう、我慢できない。

 

はねる水音は激しさを増して、

 

そのリズムは呼吸と共にbpmを果てなく上げるかと思うくらいに

 

いつもめちゃくちゃに僕を揺さぶる。

 

 

痺れるような震えが身体の奥の方から上がってきて、

 

一瞬全てが麻痺するその時、

 

さっきから必死に我慢していたくちびるさえあっさりと緩んで

 

僕の喉はあられもない悲鳴を上げる。

 

容赦なく反響するその恥ずかしい声。

 

 

悲鳴というのは悲しい鳴き、と書くけれど、

 

必ずしも悲しい時にだけ出るものじゃないみたい。

 

 

 

 

「もう少し、このままでいて」

 

胸と胸を合わせたまま、僕はその言葉を彼の耳元にそっと小さく放りこむ。

 

彼はまだ僕の中にいる。

 

 

「痛ぁない?」

 

今はその痛みでさえも、幸せな気分をもたらすような気さえしていて。

 

身体の奥ではまだ、彼の動いたあとが残響のように痺れたまま。

 

深く深く、身体の中で響き続けるリヴァーブ。

 

 

学校だって違うし対外試合だってそうそうないし、

 

そんなだから顔を合わせない日の方が遙かに多いのに、

 

会えば会ったでこんなことばかり繰り返しているような。

 

 

 

 

ぬるま湯はもう体温より冷えてきていて、

 

それは僕らがこの浴槽で過ごした時間の長さを物語る。

 

僕の身体の中はまだ熱さが渦巻いているというのに

 

彼の肩さえ徐々に冷えてきている。

 

「髪、洗ってくれる?」

 

僕はそっと自分から身体を離した。

 

それがあっさりと抜けてゆくのに、少し名残惜しさを感じながら。

 

 

 

 

電気を消して暗くしてから、浴槽の湯を抜いて、

 

彼は熱めのシャワーで僕の身体を洗い流す。

 

明るいところで裸を見せない僕のわがままは

 

この関係が始まった時から変わらない。

 

排水溝からジャスミンの香りが逃げてゆく。

 

肌の表面に残った香りもいつかは消えてくんだろう。

 

明日の朝方にはすっかり消えて、彼の匂いだけがその後に残るのだろう。

 

 

 

 

空の浴槽の底に僕は座って、彼にされるままにお湯をかけられている。

 

さっきまで満ちていた甘い香りとはうって変わった

 

無臭の湯気にむせそうになる。

 

暗闇に慣れてきた目はぼんやりと彼の影を映しだす。

 

「熱うない?」

 

「…うん、大丈夫」

 

 

 

 

洗い場に出た僕を座らせて、

 

耳の後ろから彼はさっきよりゆるめのお湯をかける。

 

暗闇に水の音だけが響いている。

 

目を閉じても暗闇は暗闇だと、

 

僕は額から流れる湯に構わず目を開けたまま黙って俯いている。

 

彼の指が濡れた髪をさっと梳いた。

 

シャンプーの泡が細かくはじける音をさせて

 

彼はゆっくりと泡立てる。

 

彼の胸が僕の背中に触れている。

 

暗闇の中ほど感覚は研ぎ澄まされる。

 

 

前髪を上げられたときに泡が目に入ったので

 

痛みと共に涙がぽろぽろ出てくる。

 

 

 

 

しゃく しゃく しゃく しゃく

 

 

 

 

彼の指が作るリズム。

 

よく知っているあの感覚によく似ている。

 

だから彼に髪を洗ってもらうのが好きなのかも。

 

 

 

 

白い泡が流れていくのがぼんやりと見える。

 

僕はまだ目を開けている。

 

 

「久しぶりやんなぁ?こんな風にして髪洗うたるの」

 

「うん」

 

「好きなん?」

 

「うん」

 

「…まぁ、ぶっちゃけ好きやんなぁ。俺も」

 

 

会えない日の方が遙かに多いのに、

 

会えば会ったでこんなことばかり繰り返しているような。

 

 

 

 

 

 

ああ彼の熱ささえ、彼の声さえ、そう彼の全てが、 

 

僕の日常の中のリヴァーブ。

 

 

 

Fin.