縄と河童






「たっだいま〜、コレ、今夜の上がり」

「はい、確かに。お疲れ様です(にっこり)早かったんですね、まだ10時前ですよ。ゴハンは?」

「いい。もう寝る。明日さ、8時に出かけっから。絶対起こしてくれよな」

「…はあ。何があるんですか」

「長安駅前の『桃源パレスホール』明日出血出玉デー。開店待ちすんの」

「え?…早起きして並んだって、パチは当たるかわかんないから割に合わないって言ってたじゃないですか」

「そーれーが、明日は絶対、当たるコトになってんのよ♪」

ニヤリと笑うと、悟浄はジャケットを椅子の背に放り出して、浴室に向かった。



「…ンだよ、これァ…」

普段より2トーンは低い声に、生っ白い男の顔が灰色になった。

「おめえに貸してンのは、7万。で、コレで勘弁って?冗談きつくねぇ?ああ?」

指先でつまんだパッキーカード…白い表面には「¥5,000」の文字。


その夜、悟浄は初手から大当たりした。麻雀は九蓮宝塔から始まって立て続けに上がって、

カブに移ったらシッピン、クッピン、ブタなし、張り子はアラシが出やしない。

ダイスをころがせば縦積みまで出る。

…調子に乗り過ぎると運は逃げる。こういうときは早めに引き上げるに限る。

賭け金を集めていると、無茶張りをしていたこの男が現金が無いと言い出した。

「…ざけんじゃねぇぞ」

壁に押し付けられた男の眼が左右に素早く泳いだ。

「か、金じゃないけど…カタになるモノがあるから!…ココじゃ、出せないんですけど…」

「フカシだったら腕の一本二本じゃ済まねぇってわかってんだろうな…じゃ、来い」

ドアが閉まる。次の場に熱中する振りをしていた常連達が顔を見合わせた。

「この頃、悟浄容赦ねえな」

「稼ぎが悪いと家に入れて貰えねーらしいぜ?」

「へー、あの嫁さん、あんなキレイな顔できっついのな」


そして店の裏で男が辺りを窺いつつ、出してきたのが件のパッキーカードというわけだ。

駅前の桃源パレスホールの店員だという男がいうには、

店が月イチでやる出血出玉サービスデーにはからくりがあり、

当分カモになりそうな素人の客に勝ちの味を覚えさせ、通い詰めさせるために、

それを身につけて座れば連チャンする、電波の出るカードを割り当てて売っているのだという。

カモ以外に売るカードにもランダムに数枚の連チャンカードを混ぜ、

常連やパチプロに不審が出ないようにしているから、

明日のサービスデーに、悟浄がそのカードで当てても怪しまれることはない。

「なーるほど」

「そ、そのカードは、開店1時間内ではけるように渡してるんです…だから開店すぐ来てくれれば…」

悟浄は素早く頭の中で計算した。

前にあの店で連チャンしたときは、15万近く稼げた。こいつの言葉が本当なら、最低でも10万は…

カードを胸ポケットに納め、漸く男の襟を離す。

「…デタラメだったら、どーなるか、判ってるよな?」

「お、俺だって、げほっ…このこと悟浄さんに言ったのバレたら、ヤバイですっ」

喉を押さえてずるずると崩れ落ちる男にはもう目もくれず、悟浄はさっさと家に向かった。




「なあ、八戒〜、ちょっと」

「どうしたんですか」

枕に凭れた悟浄は、喫っていた煙草を揉み消し、風呂から出た八戒をちょいちょいと手招きした。

ベッドの端に腰掛けた八戒の肩に顎を載せ、囁く。

「寝れない」

「いつもより随分早いですからねえ。お酒でも呑んだらどうですか」

「呑んだ」

頬にかかる息が、ウィスキーの匂いだ。

ウエストに腕を廻した悟浄の指が、微妙に動くのを、たしなめるように叩く。

ベッドの横に、空のボトルとグラスがあった。半分ほどあったのを空けたらしい。

「全然駄目。それよか、一汗かきてぇ」

「ちょっ…」

組み敷かれた八戒の眼を蛍光灯が眩しく照らす。

「あ、灯り…消して下さいよっ!」

「やだ。お前の顔見たい。全部見てシタイ」

「や、ですってば!あなた酔って…んぅ…」

唇を塞ぎながら、枕元のあたりを探る。

バンダナを掴むと、八戒の体を引っくり返して脚で押さえつけ、後ろ手に縛った。

「痛っ…止めてくだ、さ、い…ごじょっ!」

「イヤよイヤよも好きのうち…ってな…♪」

パジャマのズボンとトランクスを引き抜いて、暴れる足首を掴み、

悟浄は八戒の腰の上に後ろ向きで跨った。

「ご…じょ?」

予測のつかない悟浄の姿勢に、八戒の動きが止まると、片膝が体の方に折り曲げられた。

温かく濡れた感触が、八戒の足の親指を包む。

「や…やめ、て!汚いっ!」

「キレイだよ、八戒はどこ舐めたってキレイ」

悟浄の舌が、指の間を、爪と肉の合間を執拗に動き回る。

脂肪のクッションの無いくるぶしの下の、細い骨をいとおしむように、唇と舌が進んでいく。

そしてその後に続く、触れるか触れないかのような、髪の先の愛撫。

「ああっ…や…め…てっ!」

八戒は自由にならない肩をシーツに揉みこむように身をよじり、声を堪えようとした。

「八戒…」

吐息のように、名を呼ばれた。

腰骨の上あたりに、夜着代わりの薄いスウェット越しにも、熱く猛っている悟浄自身の脈動を感じる。

…悟浄が身じろぎする度、シーツに擦れる自分自身に

押し寄せる波をやり過ごすのが精一杯で、答えることはできない。

無骨な指は、柔らかく尻を包んで撫でたり、腿の外側を滑っていく。

悟浄が体の向きを変え、覆い被さるように背を抱いた。

パジャマの裾から、手が忍び込んでくる。

すべすべした脇腹を円を描くように、ゆっくりと進み、

皮膚一枚の下のように感じられる鎖骨の窪みに遊ぶ指。

だが、八戒が弱いと知っている胸の先には触れようとしない。

脚の間に、布越しの熱を押しつけていながら、悟浄は腰を動かそうとしない。


生え際をそっとさまよっていた唇が、カフスを挟んだ。

「悟浄…」

視覚と、酔いが、酷く悟浄の感覚を研ぎ澄ましていた。

上半身を濃い色のパジャマに包み隠し、白い下肢を無防備にさらした姿。

温度が上がってくる皮膚の、滑らかな感触。

押し殺した声が、喉の中で詰まって濃くなった吐息。

石鹸や柔軟材の大人しい匂いの下から主張してくる、

伐ったばかりの樹のような、香ばしい香り。

そのどれも、眩暈がする程好きで堪らない。

闇の中で、指が探り当てられる先端にむしゃぶりつくだけでは足りない。

どこもかしこも愛したい。指も舌も、これだけじゃ足りない。

どう伝えたらいいんだろう。

どれだけ、俺の思いを感じてくれる?

こんなに好きで、うざくねぇ?

「八戒」

切なげな声は、迷子のようだ。

「いい…?」

八戒は首をねじ曲げ、悟浄の瞳を見つめて、肯いた。



「なんだ…もう終わりですか…大体縛り方もこんな」

八戒は身をひねり、上に圧し掛かったまま

太平楽に寝息を立てている悟浄の体を転がし落とした。

縛られた手首の関節が、コキッと音を立てる。

「程度じゃ全く」

スルッ…バンダナから片手が抜け、もう一方も抜くとゴリッと外した関節を嵌めた。

パジャマをまた着込み、点けたままだった居間の灯りも消して戸締りを確める。

ベッドの真ん中で大の字になっていた悟浄を端に押しやって横になると、

すぐ、穏やかな寝息だけが部屋に満ちた。



悟浄はいつもなら寝る夜明け頃、喉が乾いて目を覚ました。

「あ…れ?何だ飲んでてもちゃんと八戒ちゃんの手ほどいてるし♪俺って気配りさんv」

等と誰も突っ込んでくれない素ボケをかましつつ、キッチンで水を飲んでベッドに戻る。

ベッドの片側で行儀良く眠っている八戒の頬に、キスしようと屈みこむと

…「まだまだですね」 妙にはっきりと八戒は呟いた。

冷気が身を包む。

例えば冷蔵庫で野菜室からチルドに移った食品はこんな感じって

俺なんでこんな所帯じみてんのよ思考が!

と、一人『パニッ○ルーム』をしている悟浄をよそに、

八戒は柔かな笑みを頬に浮かべたまま、安らかに眠っている。

「な、何だ寝言か…」

聞かなかったことにしよう。

悟浄はシーツを引っかぶり、1時間余りの甘美な眠りを貪ることに決めた。

翌朝起こされて、朦朧としつつ一緒に朝食を食べ、「頑張って下さいねv」と送り出される。

5分程歩いたところで、悟浄の足が止った。

「やっべー…」

今朝は暖かく、帰りも早いなら上着は要らないだろうと八戒に言われて、

置いてきたジャケットのポケットに、例のカードが入れっぱなしだ。

急にしゃっきりした顔で、悟浄は踵を返した。

 

八戒はTVを見ながら、古新聞を束ねていた。

『全国各地から門外不出の、選りすぐった食材を徹底的に掘り下げてお伝えする シリーズ

「魅惑のアンダーグラウンド食材大研究」今日のテーマは効能ぎっしりの「からし」です。』

『中州産業大学食品栄養科学部教授、玉里さんの研究によると、

からしの辛味成分は食欲増進、抗菌効果や、刺身などの臭みを消す作用があります…』

(相変わらず主婦みてーな番組好きだね…)


ジャケットは八戒がしまいこんだらしく、昨日投げた椅子にはもう無かった。  


『それではフランス料理のシェフ 石鍋三蔵さんにからしを使ったオリジナル料理を教えて頂きます。

三蔵さんの“簡単からしソース”は、野菜のディップに付けるなど応用範囲の広いソースです。

材料はマヨネーズ…』

八戒は新聞を押しやり、じっとTVに見入り始めた。


悟浄の背を、冷汗がつたった。

新聞は一番上の面の六角形の縄目を中心に、

美しいシンメトリーの網のように緊縛されている。

そう、まるで、拡大された手編みレースに覆われたかのように…!


(な、な、何で八戒、その新聞.…完璧な亀甲縛りなんだよ!?

それ、家の前に出しとくのかよ!ここ団○六先生んちかと思われるぞ!?)

ゲストのタレントを怒鳴りつけるシェフの料理コーナーが終わり、

場面がシニア向け体操に変わると、八戒は足元の新聞に目をやった。



「あれ?やだなあ僕ったらついv」

てへへと頭をかきながら、八戒は縄を解き出す。

その見事な手捌き。

縄は生きているように八戒の手の中で躍り、今度は普通の小包縛りになった。

悟浄は息を殺して後退り、幸い開け放してあった玄関から光のような速度で逃げ出した。


神様! 俺、いつかあんな風に緊縛されるんでしょうか?!

もうイカサマカードで連チャンなんて狙いません!

正直にバクチ打ちます!

だから今見たことは嘘だって言って下さい!

俺の記憶から拭き取って下さい!

 

今更あの店員をしばき上げて貸しを取るわけにもいかず、

当然連チャンなど縁もなくとぼとぼと帰る悟浄には、

我家の敷居は、果てしなく高かった…

Fin.

王道な58エ○いってみようとするもあえなく沈没。誰がへたれってあたくしです


9月に開催された『へたれごじょ祭』の出品作品です。
祭閉幕とともに降ろしていましたが、ご要望がありましたので再度UPしました。