033:白鷺 後編



「あ、」

「よう」


風が突き刺すように冷たくなってきても、

まだ一杯なオープン席を見回していた悟浄が、

独りのテーブルの客の目を捉えた。


「ここ…一緒さして貰っていっすか」

「ああ、どうぞ、俺一人だし。あ、ちょい待ち」

軽く会釈をして座ろうとした比沙子を止めて、

捲簾は、自分の椅子の背に掛かっていたブランケットを畳んで、前の椅子に敷いた。

「すみません」

「いや、冷てえと女のひとにはよくねえから。職業病」

腰をおろした比沙子の膝に、もう一枚のブランケットをふわりと拡げる手つきが鮮やかだ。

「俺、美容師なんで。捲簾っていいます」

「比沙子です、悟浄とは友達で」

「じゃあ、俺は悟浄さんのダチの兄貴ってとこかな」

後ろを通ったギャルソンを、捲簾が、パチッと指を鳴らして呼び止める。

「灰皿もう2つ。オーダーは?」

「俺、アイリッシュコーヒー」

「カフェオレ」

「ホットでよろしいでしょうか」

「ああ」


黒いエプロンと白いシャツが、店に吸い込まれていくまで待って、

悟浄は呆れ顔を二人に向けた。

「こーんな冷てぇ風ン中アイス頼む奴居ねえっしょ」

「まぁ訊くのがマニュアルになってんだろうな。

それにこういうところには人と違うことするのが生き甲斐ってのも、居そうだし」


雑誌のグラビアや、昼間のテレビで、流行の発信地!

とロケをするのにお定まりになっている目抜きの通り。

お高くとまったギャルソン共に、(外に陳列するのには…と値踏みされた上で)

内に案内されはしないかと怯えながら。

どんなに寒くなってもパリに倣って、毛布やストーヴを侍らせてまで、

カフェのオープン席に座ってドラマを気取る人間が絶えない街だ。



男と、手拭をマフラーに銭湯に行くような街に居た比沙子が、

思い切り違う場所で御飯が食べたいと言い出して、二人はここに向かった。

前に、レアな靴や、ふざけた小物を探しに来た折には寄っていた、

蕎麦とフレンチのフュージョンの奇妙な店はまだあったけれど、

完全禁煙になっていた。

「そうしないと、女のお客こなくってね」

相変わらずちょび髭の主人は肩をすくめて見せた。


「確かに、吸わない人に煙草って迷惑なんだよね…」

「まーな…にしてもこの頃マジでドト系以外、吸える場所無えよなー」

「歩きはダメだよ、この区も」

「やんねぇよ、あれも嫌がられんもん。JRの方まで行けばドトみたいな店あるんじゃねぇ」

「あ、カフェでもオープンの椅子の方なら吸えるんじゃない」

そうして、さまよっていたところに、捲簾が居合わせたのだ。



捧げ持ったカフェオレのボウル越しに、比沙子と捲簾の眼が合った。

「比沙子さん、さ、明日仕事あるの?」

「いえ…。先週、勤めてたとこ辞めて、転職先は来月からなんで」

「だったら、明日の朝、うちの店、カットにおいで。初回はサービスでフェイスケアもつく」

置かれた白いカードに伸ばした比沙子の手に、捲簾の手が重なり、

ぽんぽん、と、優しく触れた。


「辛いことあったときは、自分甘やかしなよ。

女の子はさ、綺麗にしてる方が元気、出るだろ」

比沙子の長いまつげが、忙しなく瞬いて、バッグを探った。

「今…優しくされるのに耐性なくて」

「じゃあ、明日は覚悟して来な。優しさ増量大サービスすっから」

「頼んます、こいつ少し耐性つけねえとどうしようもねえから」

悟浄も、軽く頭を下げた。

「ちょっと、ごめんなさい」

比沙子はバッグを持って店に入っていった。

滲んだ化粧を直すのだろう。

俯いた頬に昇った血のいろが、ダウンの襟元の淡いグレイのファーに見え隠れしている。

あちこちのテーブルから集中する視線は、悟浄たちの席に流れて、拡散した。

「いつも火曜休み?」

「いや、月曜と土日どっちかなんスけど、今日はたまたま」

「それでこうしてぶつかるんだから、世間狭いよな、陳腐なアレだけど」

「ヤニ吸いの世間はかなり狭いっしょ、今」

「いえてる。止めてもいいんだけどな、まあ、間もたねえっつーか」

ジュラルミンらしいシンプルなケースを弄んでいる骨ばった、琥珀色の手は、

いかにも器用そうで、

細くてきっちり爪を切り揃えてあってもどこか不器用そうな三蔵とはちっとも似ていない、

と悟浄は思った。

手や爪のかたちというのは案外特徴があるものだ。

顔は殆ど似ていない自分と慈燕も、手はそっくりだ、と蓮実が言っていた。

「あの娘、比沙子ちゃん、吸いそうに見えねえけど」

「そうッスか?俺、女のダチ、ヤニ吸いばっかなんで」

「女のひとは肌や髪にはよくねえんだけど…好きならしょうがないわな。

でもあの娘、もうちっと体気をつけねえと、だいぶ疲れてるだろ」

「…人にはとことん優しい癖に、自分が優しくされると怯えちまうんですよ」

「なんか、トラウマかもな。親との関係とか…って俺、言う資格ねえんだけど」

新しく点けた煙草を横咥えにした捲簾も、悟浄を見ずに呟く。

「資格…?」

「あれ?三蔵言ってなかった…か、言う奴じゃないよな。

俺も三蔵、親の顔、知らないんだわ。

同じ人が引き取ってくれて育てて貰ったんで、まあ兄弟みたいなモンつうわけ」






34 手を繋ぐ   

捲兄にドリーム入ってきました…あやややや


033  白鷺 前編

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