夢が夢なら:2

Side 悟空


女の抱き方は知ってる。
好きな子の愛し方がわからない。


                     
八戒の指が、ひんやりと俺の耳の後に触れた。
記憶のある香りが、流れてくる。
あ、これ…悟浄がつけてた匂いだ。
三蔵は、正面から煙を吹きつけた。
「煙いじゃん、三蔵!」
低声で抗議する声が、掠れているのが自分にもわかった。
「フン、ありがたく思え」
横を向いて、ハイライトを揉み消す指先は普通じゃない力がこもってる。

八戒がの瞼を撫で下ろす。
の体が八戒の腕の中に崩れる。
当然のように繰り返されることになってきていた。
だけど、昨日の夜。
俺達のかけてきた、嘘の膜が破れた。
テーブルから、皿を運ぼうとした俺の背中に、気配を感じた。
入口に、眠った筈のが立っていた。
熱があるような、うっとりした瞳が、俺の上にあるけど、俺を見てはいない。
もたれていた扉を離れ、ふらふらと玄関の方に行く。
俺は、動けなかった。皿が滑り落ちて、激しい音を立てた。
「どうし…」
飛んできた八戒が俺の横をすり抜けて、を追った。
そしてはまた、ぐったりと八戒の腕に抱かれて、運ばれて行った。
が夜中にふらふら出て行ったりしないように、傍にいてあげなさい、悟空.。
…僕達も、ここに泊まりますから」

八戒の声は静かだったけれど、俺にも三蔵にも、有無を言わせないものがあった。
俺達だって帰るのは心配だったけど…でも。


が俺の腕の中で身じろぎする。
破れ出しそうな心臓の音を知られたくなくて、俺は少しを離そうとする。
けれど、冷たい腕がしなやかに、俺の首を巻いた。


悟浄といるとき、の声は、かすかな甘い震えに縁取られていた。
瞳は悟浄だけに光を灯して、俺や他の奴に向ける柔かな笑顔も、
どこか焦点が合ってないような、もどかしいものに変った。
は気付いていなかったけれど。

悟浄は気付いていた。
同じ部屋にいたら、必ずを引き寄せて、
髪に、頬に、指先だけでもどこかに触れていた。
見ている俺達の眼を捕らえた紅い眼は、うっすらと笑っていた。

悪ィな。俺のモンだ。俺だけの。
とその眼は言っていた。
だけど、今、お前、こんなに冷たいの足を、
どうにもしてやれないじゃん、悟浄。


はじめはどうしていいか判らなくて、いつものように、
枕許の椅子に座って、を見ていた。
眉を寄せて、痛みを堪えるような表情で、
は、広すぎるベッドに、
入り口の側を半分、空けるかたちで
小さく埋もれていた。
頬をそっと撫でてみる。ひんやりと濡れた感触。
ずっと、こうしたかったんだ、と気付いた。
悟浄の眼はもう、どこにもない。
苦くて熱いものが、胸に広がる。
俺はそっと温もりのないシーツの間に入って、
足の先で、の足に触れた。
氷のようだった。
俺は片腕で下に着ているものをかなぐり捨てて、
彼女の足を自分の足に挟んだ。


女の抱き方は知ってる。

大量に殺した後、街に入ると必ず、俺たちは女を買った。

打撃が肉に食い込んで行く手応え。
骨の折れる音。
飛び散る血漿を浴びて、死骸の数が増えていくのを見るうちに、
ぬるい血のようなものが、頭の後ろから背中の中を流れ落ちる。
生きているのが俺たちだけになった途端、体は冷えていく。
俺たちも死骸の中に引きずり込まれそうな感じを消すには、
それが一番手っ取り早かった。

俺が逸り過ぎて、金錮を外してしまう時に備えて、
三蔵がいつも俺と同じ部屋だった。
ひとの熱に包まれ、放出する快感を繰り返すうちに、
曇っていた眼がはっきりしてきて、俺は生きている自分を取り戻した。
気がつくと、女はいつも息が絶えそうにうつ伏していて、
俺は慌てて介抱した。
女たちは、いつも怒る気力もないように、昏々と眠ってしまった…


今度は、俺がを引き戻してあげられないだろうか。
乾いた唇を湿らせて、冷たいシーツの片側から温めて。
キスは、初めてかもしれない。
柔らかい唇に唇を押し当てているだけで、くらくらした。
自分がしていることを、こんなにはっきり判っているのに。
ふわふわと体が浮いているようで、本当に自分が夢を見ていないかわからない。
こんなに、すべすべして、壊れそうで、切ないものだったんだろうか。
ほそい骨が、じかに触っているように辿れる背中を、
震えそうになる手で支えて、
俺はの中に熱を注ぎ込んだ。
ため息と、途切れる悲鳴のような声は、一度も、言葉を紡がなかった。

花が、光にさよならを言うように、唇が結ばれる。
寝息が深く、落ち着くまで、俺はの中から出ずに、抱きしめていた。

涙なのか、汗なのか、のか、俺のか、判らないもので濡れた頬を
ぴったりと寄せて、
俺は夜明けの光から彼女を庇った。

Fin.