41:デリカテッセン


目前で凄い会話が交わされている。


「捲簾さんはいかにも兄さんが好きそうなタイプですよね。

好きな人っていうのはそう簡単に変えられないものなんだって良く解りますよ。」


「黙れ!」

天蓬が低い強い口調で訴える。

「包容力があって多少の我が侭には目を瞑ってくれて、

優しいけれどベッドでは激しくて...そういう二面性は大歓迎でしょう、

僕だって惹かれますよ、ねぇ兄さん?」



悟浄は回りに聞こえないように三蔵に囁いた。

「さんぞっ、俺マジだめ。」

三蔵も小さく二度頷いた。

どこか冷ややかで、憎しみのこもった八戒の口調が気に障る。

天蓬を蔑んで勝ち誇ったような瞳。

人の大事なものを奪うことで喜びを得るタイプなのか?

〜兄さんの過去のナニ、洗いざらいぶちまけますよ〜

頭の中にこのフレーズが妙に引っ掛かった。

「三蔵、俺あいつ気にいらねぇ」

「確かに、過去なんて今更蒸し返すもんじゃねぇしな」


これ以上この場所にはいたくないと思ったが、八戒の言葉を無視して

この場を去ることだけはしたくなかった。



「黙れ!」


今度は三蔵が叫んだ。

「なぁ弟さん...悪いけどそいつと俺とは産まれた時から一緒にいるようなもんだ。

見かけは軟派だが、捲簾は過去に拘るような小さい奴じゃねぇ。

ありのままの天蓬を受け入れてんだから、今更あんたが洗いざらい過去

ぶちまけたって屁でもねぇ、そんなこと盾にしようったって何もならん」

八戒はそれには答えず、捲簾の出方を待っていた。

捲簾は天蓬に近付き、頭に手を乗せると

諭すようにゆっくりと口を開いた。

「三蔵の言うとおりだぜ」


やれやれと言った面持ちで八戒は話し出した。

「皆さんそう熱くならないで下さい。すでに円満解決ですよ。

僕は皆さんと喧嘩するつもりはないんです。

ただ兄さんの暮らしぶりを見てみたいなって。

それなのに入って来るなり兄さんが攻撃的だったんで

つい口が滑って.....」

「お前が信用出来ない奴だからだ」

「昔はそうだったかも知れません。僕だっていつまでもガキじゃありませんからね。

月日が経てば変わりますよ。

大体兄さんは昔から被害妄想癖があったじゃないですか。ありもしないこと想像して。

今日もメール見て、帰ったら僕が捲簾さんを誘惑してベッドを共にしてるんじゃないかと

思っていたんでしょう。それで自暴自棄になって」


「あんたちょっと外でねぇか?」


天蓬が言い返すより早く、我慢しきれなかった悟浄が八戒の胸ぐらを掴む。


それを振り払った三蔵が


「こいつらちょっと二人にさせてやってくれ」


と八戒を見据えていった。


「そうですね...」






自分の回りで起きていることが可笑しくてしょうがない。

八戒の表情からはすぐに読み取れた。

床に落ちているエプロンを拾い上げ椅子にかけると、

もう戻る気もないのか、奥から荷物を持って来た。



「じゃ兄さん、そういうことでお友達と外行って来ますから。

帰るかどうかは解りません。

まぁじっくり今後のことでも二人っきりで話し合って下さい...」





捲簾は”すまないな”という表情で

三蔵を送り出した。




なんでこんなことに関わってんだ?

三蔵はらしくないなと自分でも思った。


「で、どこ連れ回すんですか?三蔵さんにえっと」

「悟浄...」

「そうそう悟浄さんでしたね。」


エレベーターの中で何事もなかったように普通に話しかけてくる。

おまけに自分の名前を覚えていなかったことにも悟浄は余計むっとした。

”意地でもこいつを名前で呼んでやらねぇ”と心に決めた。

「ひとつお願いしてもいいですか?」

「お願い?」

「僕、御飯まだなんです」

「あっそっ...」

〜俺らだってお前のせいでまだなんだよ。良い神経してんな〜

喉まで出掛かったが我慢した。

「オムライス食べ損ねましたし...どこかで軽く食べたいんですが」

「俺らもだ、下に連れもまだ居るかもしれないし...一緒に行くか」


三蔵は大人だ。

八戒と普通に接していた。

悟浄はまだ修羅場な空気から抜け出せないまま依然八戒を敵対視していた。

不機嫌さが顔に出る。

前にも三蔵にガキくさいと言われたが悔しいけど当っている。


「解るけど...なっ?」

三蔵が目配せした。


(ああ、解ってる...充分解っているつもりだぜ三蔵)


後は無言でエントランスに出た。

路上にまだ社用車が止まっていた。

人通りもあまりなく、こちらにすぐに気付いた蓮実が

車から身を乗り出して叫んだ。


「悟浄〜!早かったじゃない。やっぱバトった?」

「ばっ、あの馬鹿」

蓮実の声に、慌てて車の方へと悟浄は走り出した。


「馬鹿か、当の本人がそこにいるだろうが、お前状況ってのを読め」

「何でいるのよぉ...」

ようやく八戒の姿に気付いた蓮実は”やっちゃったよ”と情けない表情になった。

比沙子が隣で自分のことのように動揺しているのが解った。


「どーするの、えーっと、どーしよう」

「言ったのはあたしなんだから、動揺しなくていーの!」

案の定聞こえていた八戒は人懐っこい笑みで車に近づいてきた。

「こんばんわ、なんか僕たち兄弟がご迷惑おかけいたしまして」

「そっくりですね...えっと」

「八戒です。よく言われます」

爽やかな受け答えに蓮実は何のためにここに来たのかを忘れるところだった。

この男は天蓬をボロボロになるまで追い詰めた張本人。

それがどうしてここに現れて笑顔で挨拶してるのか?



「取り合えず行くぞ」

三蔵がせかした。


「蓮実、代われ。俺運転すっから。弟さんは荷物あるから後ろ、

お前たちもスマートだから後ろね、三蔵は助手席」

蓮実は運転席から出ると素早く悟浄に耳打ちした。

「悟浄説明して...」

「ああ、似てるのは顔だけだ。性格は別人だな、最悪」

「そうは見えないけど?」

「今にわかるさ」

悟浄は席割りを仕切ると行く先も決めずに走り出した。

「比沙子さん。どこかいい店しらないか?」

さっきから黙り込んでいる比沙子に気を使って、三蔵が話しかけた。

「いい店って?」

「何の店?」

横から蓮実が口を挟んだ。

「時間かからなくて、軽く食えるところなら好都合だ」

「それなら...えっと」

「この前のとこは味はいいけど量極端に少ないし」

蓮実と比沙子が何やら相談を始めた。

こういう話題を振ると生き生きするのが微笑ましい。

「”spinach!!!”がいいと思います。ここからだと近いし駐車場もあるから」

「いい!あそこマカロニグラタンおいしかった。

スモークチキンのサラダも食べたいなぁ。あとタコのマリネと...

ねぇ悟浄、1回行ったことあるからわかるよね?」

「あーあのおかずとか好きなもん適当に選んで横で食えるとこか」

悟浄の中では”気軽な惣菜屋”とインプットされていたので、

そんな名前だったか全く覚えていなかった。

「三蔵いい?」

「ああ」

「あっデリカテッセンっていうやつですよね。

田舎にはないから楽しみです」

急に割って入った八戒の声に悟浄は神経を逆撫でされた。

八戒の存在を見て見ぬ振りしていた蓮実と比沙子にも緊張が走った。


なんだこいつ?


「ねぇ、さっきから思ってたんだけどさ。

あんたってどういう神経してんの?弟さん」




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