さいゆー三国志☆三顧の礼編 -1-
憎き曹八戒を討たねばならぬと、劉三蔵は日々悶々としていた。 ある時、遠路遥々運ばれてきた牡蠣を生でむさぼり食ったお陰で激しい腹痛に陥り、ほうほうの梯で厠に駆け込んだ劉三蔵は絶叫した。 「げぇぇぇぇぇぇぇーーっ!!」 「ど、どうしたんだよ兄貴!」 「お、お、オレ様のワイルドな腿に贅肉がついてやがるー! ギャー!」 戦にも出ず、鍛錬もせず、日々懊悩と暮らしていると身体まで鈍ってきてしまう。 その日から劉三蔵は意味も無く街を徘徊するようになった。 ある日、たまには遠くへ行ってみようと町外れの山深い土地をうろうろとしていると相当に腹が減ってきた。何かを強奪するにも家は無い。 苛々しながらさらに歩き続けると、唐突に目の前にこじんまりとした草庵が現れたではないか。 劉三蔵は喜びいさんで草庵に押し入ろうとした。 「よぉよぉ誰かいるのか?」 「人間到るところ青山あり。嗚呼ラーメンがウマそうだ」 中にいるのは飄々とした老道士風情がひとり。彼は驚いた風もなく振り返ると、訥々とした口調でこう述べた。 「ああ、あなたはまさしく劉三蔵皇叔。能力は皆無だが人を引きつける不思議な魅力を有するとお噂の。お会い出来て光栄です」 どうにもけなされたような気がしないでもないが、それよりもなによりも老人の前にあるラーメンが気になって仕方ない劉三蔵である。 「そのラーメンは」 「私の昼食ですが」 「食いたくて仕方ねえ。オレを惑わす悪魔め!」 「あなた様の分も用意しましょう。これ! 麺をもう一杯お持ちしろ!」 塩ラーメンは実に美味かった。物凄い勢いで麺を啜っていた劉三蔵は、ふいに目の前の老人が何者であるか気になってきた。 知謀計り知れぬ瞳がきらりと光る。なかなか尋常ではない雰囲気を持つ御仁である。 「ときにお前は何者だよ」 ぶしつけに問いただすと、老人は別段嫌な顔も見せず、口元を袂で抑えながら落ち着いた声を上げた。 「わしは司馬徽。ウォーターミラーと呼ばれておる」 「ウォーターミラーとな! 賢人の肥溜めと言われるウォーターミラー学園とはここか!」 劉三蔵は激しく興奮した。現在の彼に必要なものは賢人であったからである。彼の配下には関悟浄や趙独角、張悟空などの猛将はいるが、いかんせんIQが異様に低かった。そのために出陣しては裏をかかれ、猛だけではやっていけねー! と嘆くこと然りだったのだ。 ここで賢人のひとりやふたりや三人や十人や百人ばかり抱え込んだら一挙両得。引き込もりの食い詰め賢人たちも新しい仕官先が決まってウハウハだろうし、劉陣営もやっとまともに物事を考えられる奴がやってきてアハアハである。 「あんたのところにいる賢人共をオレ様が召抱えてやろうか」 麺を振舞ってくれた御礼もあるしと、爪楊枝で歯と歯の間の食いカスを取りながら告げると、ウォーターミラーは残念そうに溜息をついた。 「我学園は休校中で、門人たちは皆実家に帰っているのだよ」 「ガーン!」 「ぜひあなたに推薦したい、とびっきりかしこくて、とびっきり従順で、とびっきり麗しい生徒もいるんですけどね」 「とびっきり三原則か……なあミスター・ウォーターミラー。そのとびっきりな輩の名前をオレ様に教えてはくれないか。 オレはそいつを訪ねて我が軍門に迎え入れたいと思う」 ウォーターミラーはなるとを頬に貼り付けたまま首を捻り、しばらく唸った後にぽんと膝を打った。 「彼らもいつまでも引きこもっているわけにはいかない。毒には毒を持って制す。良かろう! あなたにその名を授けましょう。 我が学園に才人は数多くいても大賢人はそうはいません。私の知る限り二人……ひとりは諸葛清、字を孔明と言うもの。 もうひとりはホウ統、字を士元、小麦粉で練ったうどん状の麺を季節の野菜で味噌煮込みしたものです。 荊州に伏龍と鳳雛ありと言えばこのふたりのこと」 欲しい! 劉三蔵は激しく身悶えた。欲しい! 超欲しい! こいつらを手に入れれば天下統一もあり得るのではないか。 熱望の余り過剰な夢を抱き始めた劉三蔵は、ウォーターミラーに抱きつかんばかりに近づきながら、紹介して欲しいと詰め寄った。 「ホウ統は元来風来坊でしてな。今はどこにいるか分からない。しかし清孔明は隆中に庵を作り隠遁生活を送っております。 俗に言う引きこもりですな」 「よし、じゃオレ様がその引きこもり野郎を世に出して、その才で持って天下を統一し、明るい未来を形作ってやる」 「期待しておりますよ」 劉三蔵は城に戻ると物凄い勢いで関悟浄と張悟空を呼びつけた。 「今から伏龍をさらいに……じゃなかった迎えに行くぞ!」 「誰だよそいつ」 「超天才だよ超天才。東大なんて逆立ちしたって入れるらしいぜ! アインシュタインも裸足で逃げ出すってモンだ。 そいつをこっちに引き入れてオレたちはここで天下統一するんだよ」 劉三蔵は張悟空の頭をコンコンコンコン鉛筆で連打した。 「いてーよ兄ちゃん!」 「じゃかしい! うだうだ行ってねーで今すぐ出発するぞ! 野郎共銅鑼を鳴らせ!」 出陣でもないのにジャーンジャーンと激しく打ち鳴らしながら、三人は馬に乗って一路隆平へと向かった。 隆中は森然たる山の中にあった。のどかな田んぼのあぜ道を行くと、のんびり鍬を奮う農民がなかなかの声で歌をうたっている。 「なぜだかいつも休みたーい ムリがたたるとなるみたーい 亀のくらしをしてみたーい サボリのツボがあるみたいだね♪」 「ぐーたらした曲だな」 農夫を呼びつけて聞き慣れぬ歌だがと問うと、木訥とした表情の男は白い歯を見せて笑った。 「伏龍先生の歌ですだよ」 「そうか。で、その伏龍とやらはどこにいるんだ?」 「そこの丘をまっすぐ上に昇って行ったら右手に二宮金治郎像があるんですが、 それを左に曲がってしばらく行くと茅葺きの庵があります。そこが先生のお宅です」 早速行こうと馬を走らすと、またぞろ歌い出した農夫の声が凛々と辺りに響き渡った。 「学校ないし 家庭もないし〜 ヒマじゃないし カーテンもないし〜 花を入れる花ビンもないし〜 嫌じゃないし カッコつかないし〜♪」 「この地の輩はだるいんだか無気力なんだかアフォなんだか」 首を傾げながら、薪背負って書物を読む二宮金次郎像を左に曲がってしばらく進むと、前方に小さな庵が見えてきた。 質素なたたずまいだが、辺りは端然とした色に包まれている。流々と吹く風が肌に冷たい。 「たのもう!」 劉三蔵が背後に稲妻が走るようなデカイ声を上げると、茅葺きの質素な家はビリビリとその身を震わせた。 「漢の左将軍、宜城亭候、新野の皇叔、世界童貞機構代表、劉備三蔵が来てやったぞ!!! 早く出てこいゴルァ!!」 「三蔵兄貴、いくらなんでもそりゃヤバイよ。来てくれるものも来てくれなくなるよ」 もの凄い剣幕の劉三蔵に、慌てた義弟その1の関悟浄は赤いもふもふとした髭を振り乱して義兄を諫めた。 「そうだよ兄ちゃん! いくらなんでも初めて訪ねて来てそれは失礼だよ!」 虎髭をいからせながら、義弟その2の張悟空も飛び出してくる。 「いいか、兄貴良く聞けよ。賢人を迎えるのはそれなりの行程を踏まないといけないんだよ。 その昔、周の文王は賢者太公望を迎え入れるべく、釣り糸を垂らす太公望の後ろにじっと佇み……」 「うるせえ!」 劉三蔵はとうとう怒髪天を衝き、蘊蓄を語り出した関悟浄を締め上げると地から這い出したような声をあげた。 「オレ様は文王じゃねえんだよ。わざわざ来てやっただけで有り難いと思えよこの野郎。 しかし誰も出てこねぇ。空城の計か……味なことをしやがる」 「いや、ただの留守だろう」 関悟浄の言葉も無視し、三蔵は吠え立てた。 「何がクラウチングドラゴンだ。負けてたまるかよ! よし! この家に火を点けろ!」 突然の言葉に関悟浄も張悟空もぶったまげた。またこの義兄は何を言い出すんだ? 平時よりそのぶっとんだ行動や思考に振り回されてばかりのふたりであったが、これには開いた口がふさがらなかった。 「止めろよ兄貴! そりゃいくらなんでも清孔明が可哀想だよ!」 「そうだよ兄ちゃん! そんなことやっちゃいけないよ!」 「止めてくれるな義弟らよ! 男にはやらなきゃならねえ事がある!」 劉三蔵はチャッカマンで火を点けた。 ◆ next |