さいゆー三国志☆三顧の礼編 -2- 清孔明の庵が全焼してから一ヶ月。 「よし! 伏龍のところへ行くぞ!」 劉三蔵がまたしても叫んだ。 「兄貴! まだ諦めてなかったのか? いい加減止めておけよ……大体清孔明はオレたちを憎んでるに決まってるよ。なんたって家を焼いたんだから」 「そうだよ兄ちゃん! 放火魔が訪ねてきたって会ってくれないに決まってるよ!」 「うるせぇ! ふざけたこと抜かしてるんじゃねーよヴォケ! オレ様を誰だと思ってるんだ? 恐れ多くも前漢は景帝の子孫、漢の左将軍、宜城亭候、新野の皇叔、世界童貞機構代表の劉備三蔵様だぞ? 一般庶民と一緒にすんなコノヤロウ!」 一家で越して行ったという清孔明を探し出すため、劉三蔵は馬刺(バサシ)を偵察に出した。馬刺は三週間後に情報を携えて戻ってきた。 何でも清孔明一家は隆中の隣にある豚陳関(トンチンカン)と呼ばれる地に移っていると言う。 奇しくも外は猛吹雪であったが、劉三蔵は嫌がる関悟浄と張悟空を引きずって馬に飛び乗った。 「ううう寒いよ……兄ちゃんこんな日に訪ねたら清孔明だって迷惑に思うよ」 「そうだよ兄貴、もう少し時期を見ようぜ」 「てめぇらよっぽど死にたいらしいな」 三人は黙々と豚陳関に向かった。途中、降りしきる雪の中に豚の丸焼きがうち捨てられていて、食い意地の張った張悟空の心を激しく揺さぶったが、劉三蔵が恐ろしい形相で睨み付けてくるので仕方なく諦めた。さすが豚陳関と名付けられているだけあって豚がたくさんいる。 「ブヒブヒうるせぇな」 劉三蔵の機嫌はますます悪くなる。義弟ふたりは震撼しながら馬の手綱を握りしめた。 途中、ほのかに明かりが灯る古びた酒屋の前を通った。するとそこからは、深く渋みのある歌声が響いてくるではないか。 「がんばったって ダメだって 努力するだけムダだって〜 朝食少なめランチも控えて 夕食ちょっとで済ませていても どうにもこうにも間食多くて いつまでたってもブ−ちゃんだ〜♪」 「おい、この無気力極まりないテケトーな歌は清孔明の奴に間違いない」 劉三蔵は馬を降りると酒場の扉を開け放し、誰もが裸足で逃げ出すようなドスの効いた声を張り上げた。 「清孔明! ここで会ったが百年目!!」 中ではふたりの男が酒を酌み交わしていた。劉三蔵の乱入にしばし驚きで目を丸くしていたが、関悟浄が慌てて場を取りなすとほっとしたように目尻を下げ、慇懃に腰を折った。 「あなたが新野の劉三蔵さまですか。お噂はかねがね伺っております。この雪の夜更けに清孔明をお尋ねですか」 「お前らは孔明じゃないのか?」 「申し遅れました。私は頴川のQ斎青汁(キューサイアオジル)、こちらは汝南の横隔膜(オーカクマク)と言い、孔明の友達です」 関悟浄はびびった。頴川のQ斎青汁と言えば滋養強壮に優れた携行飲料を発明した天下の奇才である。横隔膜も名を馳せた有名人だ。 「オレたちはこれから清孔明を訪ねるんだが、一緒に行くか」 「いえいえ、我々は遠慮しておきましょう」 劉三蔵の誘いをやんわりと断ったふたりを置いて、三人はまたぞろ雪の豚陳関へと足を踏み出した。 清孔明の新しい庵は、降りしきる雪の中、幻影のように目の前に現れた。 相変わらず質素な作りだが、その清楚な佇まいが住む人の尋常でない様を現しているかのようにも思える。 「たのもー!」 ガンガンガンガン門を叩くと、ひとりの童子が怯えたように恐る恐る顔を出してきた。 「どなたですか」 「オレ様は前漢は景帝の子孫、漢の左将軍、宜城亭候、新野の皇叔、世界童貞機構代表、ホノルルマラソン5年連続完走男の劉備三蔵だ。 清孔明先生に会いに来た」 「中へどうぞ」 書堂へ招かれると、そこには一人の男が端然と立ち尽くしていた。深々とした瞳に宿る柔らかな光は、底知れぬ知を感じさせる。 「あんたが清孔明か! 会いたかったぜ!!!」 思わず感極まってがばちょと抱きつくと、相手の男は決まり悪げに身を離した。 「兄をお訪ねになったんですね。私は弟の諸葛菌(ショカツキン)です」 「弟かよ!」 「兄は友人の魔法瓶(マホービン)と出かけました」 「ど、どこへ行ったかわかるか?」 「さあ。湖に船を浮かべることもあれば、漫喫で寝食を忘れて読みふけることもあります。 実を言いますと先日何者かに家を燃やされまして、越してきたばかりなのです。 前の家に愛着を持っていた兄は大層滅入っておりまして、気を晴らすということもあり、この度の外出となりましたわけで」 火を点けた張本人である劉三蔵はイライラと爪を噛んだ。 なんだってまたここまで縁が無いのだろう。せっかくこの雪の中訪ねて来て、またぞろ収穫無しとは情けない。 「おい、てめぇの兄貴はいつ帰ってくるんだよ」 「わかりません。明日のこともあれば一月先のこともあります。兄が帰ってきて気が向いたら、兄の方から訪ねましょう」 「待ってられっかよ」 劉三蔵は忌々しげに辺りを睨め付けると、菌に向かって手を差し出した。 「紙と筆を持ってこい。手紙を置いていく」
きわめて劉三蔵らしい無礼かつ図々しい書状を書きつづると、必ずや清孔明に渡してくれと菌に託し、その場を立ち去った。 back ◆ next |