さいゆー三国志☆三顧の礼編 -3-



 年が明けて春が来た。
 花咲き乱れ蝶が舞い踊り、小鳥は歌い関悟浄の赤い髭もいっそうもふもふし、新野は平和に包まれている。
「よし、清孔明を迎えに行くぞ!」
「まだ諦めてなかったのかよ!」
 マリオブラザーズで殺し合いをやっていた関悟浄と張悟空は呆れ果てた目で義兄を見やった。
「オレ様の辞書に諦めるっつー文字はないぜ?」
「だからって放火して感じ悪い置手紙残して、それでいてまだオレのところへ来いと言えるのか?」
「厚顔無恥にも程があるよ兄ちゃん!」
「うるせぇ!」
 劉三蔵の怒鳴り声は天井を吹き飛ばさんばかりの勢いで城内に響き渡った。
 余談だがこの大声は遠くは許都の曹八戒にまで届いたと言う。
 劉三蔵、耳もデカイが声もデカイ。
「てめぇらは黙ってオレ様に従ってりゃいいんだよ。行くぞ! 髭野郎に猿男!」
「ひどいや兄ちゃん、オレを猿男だなんて」
「やかましい! お前いつも一番乗りする時言ってるじゃねえか。猿人(エンジン)張飛、これにありってよ」
 何か違うと思ったが義兄に逆らうなどもってのほか。大人しく後に続く義弟たちであった。
 豚陳関にも春が来ていた。一面に菜の花の黄が広がっている。その上を行く豚の群れ。相変わらずブヒブヒとうるさい。
「……トンカツ食いてぇな」
 義兄の独り言に不穏なものを感じた悟浄は、慌てて気をそらすべくけたたましい声を上げた。
「兄貴兄貴! こんな陽気に一句出来たぜ! 聞いてくれよ!」
「ほぉ悟浄、お前は悟空と違って学もあるものな。よし! 吟じてみろ!」
 関悟浄は咳払いをし、自信たっぷりに口を開いた。
「義兄弟 仲良くゆくよ 豚陳関」
「プッ。悟浄、お前オレんとこ来る前はガキ共に勉強教えてやってたそうだが、詩才はゼロだなあ。
 そんなチンカスみたいな俳句より、この間曹八戒が詠んだという詩が素晴らしかったぞ。
 さすが当代随一の詩人なだけある。オレ様は芸術には心が広いからな。敵とは言えあの才能は認めざる得ない。
 よし、ここで披露してやろう」
 一念発起すると朗々と曹八戒の詩を吟じ始めたのであった。

「髭は長きを厭わず
 海は深きを厭わず
 赤髭悟浄嗚呼愛しや
 我彼が欲しくてたまらん」

「悟浄兄の歌かよ! タイトルは関羽行か!? しかもなんかキモイよ!」
「切々たる恋心じゃねえか。全く粋な野郎だよな! おい義弟、おめえあいつの心を汲んでやったらどうだ?」
 関悟浄は色々な意味で死にたくなったが何とか耐えた。
 この程度で凹んでいるようでは、劉三蔵の元で十何年もやっていられない。
「兄貴、孔明の庵が見えてきましたよ」
 前方に見えてきた落ち着いた風情の庵を指差すと、早くも曹八戒の詩は彼方に飛んでしまったのか、
 劉三蔵は軽やかに手綱を奮った。
「突き抜けろ野郎共!」
「突き抜けたら意味ねーよ!」
 ノックもせずに門をくぐり、案内も請わずに勝手に奥へと向かった劉三蔵は、
 出て来い清孔明、オレ様と一緒に新野へ行くぞとドスの効いた声で叫んだ。まるで討ち入りである。
「ヒィィィ」
 童子は怖がって逃げてしまった。がらんとした邸内を、劉三蔵は無作法に次々と開け放していく。
「おーい清孔明〜出てこ〜い! 新野の劉備三蔵様がわざわざ迎えに来てやったぞ〜」
 お前等も探せと命じられ、関悟浄と張悟空も嫌々ながら声を張り上げた。
「おーい清孔明〜出てこ〜い! 赤髭のおじちゃんが迎えにきたよー」
「おーい清孔明〜出てこ〜い! 虎髭のぼくちゃんが迎えにきたよ〜」
 扉という扉は開け放たれた。戸棚まで全て開かれたが誰もいない。
 劉三蔵はイライラと大耳を引っ張りながら、今度は軒下に並べられたかめの蓋を片っ端から開け始めた。
「清孔明やーい!」
 三つ目の蓋を開けたとき、中にぴょこんとした白い頭巾が見え、三蔵は喜びいさんでそれを掴み上げた。
 引っ張り出されたのは白皙の若い書生だった。異様に青ざめた顔をしており、微かに歯の根をあわせている。
「こ、こんにちは」
 無理に笑みを見せようとしているが、失敗して恐ろしい笑顔が仕上がっていた。
 しかし劉三蔵は全く気にせず、萎縮した彼を無理矢理立たせた。
「なんだなんだそんなところで。ひとり漬物ごっこか?」
「は、はい、そのようなものです」
「ハハハ! 愉快な奴だな! オレ様は前漢は景帝の子孫、漢の左将軍、宜城亭候、新野の皇叔、
 世界童貞機構代表、ホノルルマラソン5年連続完走男、喉自慢タク県大会準優勝、世界の恋人劉備三蔵だ。
 お前を召抱えに来たぞ!」
「わ、我は清孔明です。お手紙は拝見しておりました。
 しかし、私はただの一農夫です。あなたのお役に立てるとは思えません」
「いいや、そんなことはねーぞ、孔明先生よ。あんたなかなかオツムがいいそうじゃねえか。
 ウォーターミラーがお墨付きで推薦してくれたぞ。
 なあ、オレと一緒に新野に来て、我が軍の頭脳として活躍してくれるよな? 
 一緒に漢室復興、天下統一を目指そうぜ! な?」
 劉三蔵は得意のごり押しで清孔明を追い詰めた。
「後ろに控えてるのはオレの義弟だ。左は関羽悟浄。あいつの赤髭、最高にもふもふだぜ? 
 うちに来てくれたらあいつの髭で赤い羽扇作ってやるよ。
 右にいるのは張飛悟空。食って寝るしかしねえ奴だが、腕っ節は強いぜ? あんたなんかポキッて折れちまうだろうな。
 なあ、腕を折ったことあるか? オレはムシロ売り時代にどっかの豪邸の庭に忍び込もうとして塀からだーんと落ちてだな。
 ここ、この肩の付け根あたりを折っちまった。マジ痛かったぜ? 骨飛びでてんの。あれは辛いな。
 あんたなんか、ペンも書も持てなくなっちまうわな」
 まるでヤクザもんの脅しである。かわいそうに、清孔明は立てなくなるほど震えてしまっていた。
 戸口の影にいた弟の諸葛菌は、成すすべも無く涙を流している。
 関悟浄は少しだけ気の毒になったが、義兄に逆らえる者なぞいるわけないのですぐに気を取り直した。
 このかわいそうな賢者が新野に来たら、せいぜい親切にしてあげよう。そうだ。
 大事に取ってある南蛮渡来のカスティラでも上げよう。張悟空には、秘蔵のどぶろくを出させればいい。
「わ、わかりました。あなたと一緒に行きま……す」
 悲痛な声でそう呟いた清孔明に、劉三蔵は喜んで万歳三唱した。








 こうして、三顧の(無)礼により、伏龍こと引きこもり清孔明は、とうとうその果てしなき才を発揮すべく世へと飛び出したのであった。






 おしまい。



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