060:轍
今日も、仁王はいつものように、柳生と帰ろうとしたのだ。
だが、一年の監督(レギュラー回り持ち)をサボって寝ていたのをブン太がばらしたので、
青筋を立てた真田が仁王の襟首を掴んで部室に引きずっていこうとした。
「判った、真田、1分待ちんしゃい、必ず行く、行かんかったら明日30周走らされてええ」
「1分だぞ!」
真田の怒声を背に、仁王は性急に柳生の腕を引き、
部室裏に廻りこんで、激しく抱きしめ、唇を合わせた。
「比呂、すまん、ほんまに!」
「仕方ないですよ…待ってま」
「す」、と柳生は言いきれなかった。
「では柳生は俺たちと帰ろう」
「仁王、あと3秒で真田がまたわめくから。部室のもの壊す前に行ってよね」
突如現れ、爽やかに言い放ったこの二人に、引きずるように駅に連れていかれたのだ。
切原は校門前で待っていた。
「ふふ、かわいいなあ、仁王だとすぐに…こんなになるんだね」
細い指に握りこまれて、はっと、背筋に震えが走る。
(一度だってあれから柳君とはなれて居ないのに、入れ替われる筈はありません。
…匂い袋の香に、柳君と錯覚したんでしょうか?でも!)
あの、キスのときの仁王は確かに仁王だった。
少し荒れ性の唇。
煙草の匂いが消えないざらついた舌の感触。
腕に食い込んだ爪の形。
何百回も味わった、間違えようの無いものだ。
いくら仁王のシャンプーとコロンを使っても、あの吐息の温度まで、柳が真似られるわけがない。
「…ペテン師の真似ごと、お見事ですが…私は騙せませんよ」
「おやおや、柳、また柳生、冷静になっちゃった」
小悪魔は、さっと身を退いて、澄ました声で囁く。
「海老名〜〜海老名〜〜相鉄線お乗換えのお客様は…」
ガタンと、背後のドアが開いて、柳生は押し寄せる乗降客に突き倒されかけた。
「比呂…!無事か?!」
「仁王君?」
気がつくと、ホームに居て、仁王がバッグごと柳生の体を抱え込んでいた。
電車のドア越しに、幸村がにこにこと手を振り、背後で真田が鬼のような顔をしていた。
横には、睨み上げる切原を涼しく無視する柳。
「真田の説教が佳境に入ったとこで赤也が俺と真田交互に5秒置きにかけてきよって。
2度目で我慢できんと俺が出たら
『ホームで振り返ったら、部長と柳さんが狼の眼で柳生先輩見てたッス!』
ってわめきよって、真田も血相変えて説教忘れたけん、二人で急行飛び乗って来たんじゃ…
無事か、比呂、何もされちょらんか?」
「ちょっと、からかわれただけ、です…」
まだ、息を切らせている彼のシャツをぎゅっと握る。
この体温、新しい汗のにおい、シャツの下で脈打っている筋肉の固さまで、
いつのまにか、こんなにも深く刻み込まれていたのだと思うと、胸があつくなった。
私は彼を間違えない。
彼も私を見誤ることはない。
それを教えてくれた悪戯な怪物たちに、少し感謝してもいいかもしれない。
「なあ、今日はもう、離れとうないんじゃ。比呂のうち、泊めとおせ」
「…ええ」
消えないように、刻んで下さい、あなたという轍を。
Fin
一応、ゆきさなか、さなゆき、あか→やなか、やな←あか前提で。
でも28は28。
86:肩越し
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