029 Δ(デルタ)前編


金の地紋入りの台紙の束を抱えて入って行くと、蓮実は眉間に皺を寄せ、プリントを睨んでいた。

「どうよ」

「もう何だかなーって感じ」

最近の七五三写真は、データをCDにも焼いてくれ、
パーティのビデオも廻してくれ、カードだのセーバーに加工してほしい、
出来上がりも満足いくまで修正、と、注文が多い。

11月は、休日はみっちり詰まった撮影、合間の平日は加工とスタッフは休む間がなかった。

主役の子供は、女の子の髪のほつれを直すだの、男の子の膝小僧の傷を消す程度の修正しかないが、
母親や祖母の注文にはきりがない。

首の皺を取ってくれ、目元のむくみを修正して、白塗りし過ぎたから色を調整して、と
言われるままにやっていたら、最後には別人になっていることも、何度となくあった。

「七五三の写真なんて家族しかまともに見ないじゃん。
だから余計にありのままのお母さんの顔残した方がいい思い出だろうにな。
木村伊兵衛とか、田沼武能みたいに、ありのまんまの顔が素敵なんだーって
納得させられる腕が、まだあたしにないってことなんだけどさ」

悟浄が置いた台紙の山から一枚取り、プリントと合わせてみながら、
蓮実は溜息をついた。

「確かに、俺も昔のステレオタイプだけど一発撮りの家族写真の方が、
ガチガチでもリアルな人間の顔って感じで、写真っていいなーって思うけどな」

「悟浄のうちのってどんなだった」

「写真、残ってねえから。覚えてねぇ」

親類の家に引き取られていくとき、
慈燕は親の物一切と一緒に、
アルバムも全部、ゴミ袋に叩き込んで出してしまった。

悟浄の口調の苦味に、蓮実が言葉を継げずに凍りつく。


「お、悟浄、居た居た」

バタバタ走ってきた、やはり同期の男が、首を突っ込んで大声を出し、
知らずにその場の空気をほぐした。

「今年はどんなとこでやんべ?」

「何が」

悟浄も何気ない顔に戻って訊く。

「お前の誕生日だって。何ボケてんだよ」

「いーよ今年は、もう祝う年でもねーし」

「急に女の子みてぇなこと言ってどうしたよ。
あ、何、彼女と二人で祝いたいってか?
絶対邪魔するっつーの。彼女とかなら連れてこいよ」

「んなんじゃねーよ。今年日曜じゃん。遅くまで皆上がれねぇし」

「でもまぁ10日はやっと休みだし、打ち上げ兼ねて飲もうじゃねーの。
じゃ、適当に店取っとくから。9時集合ならいいよな」

「おい!」

バタンとドアが閉まる。

蓮実はくつくつ笑った。

「あたしたち、もう出欠取られてたけど。本人には最後に言ってんのね」

「ったくどいつもこいつも人、ダシにしやがって」

「三蔵さん、呼ばないの?」

「何で呼ぶのよ。うちのスタジオの奴ばっかの中混ざってあいつ疲れるだけじゃん。
それにあいつ月曜仕事なんだから」

「訊くだけ訊いてみればいいのに」

「訊かねえ。てめえも絶対訊くな」

「最近フォトショのこととか色々メールで教えて貰って助かってるんだもん、
お礼したいじゃん?皆もきっと色々教えて貰いたがるよ、
話題困らないと思うなー」

「折角の休みにそんなことさせて何がお礼だっつーの!
いいか、三蔵に事前に教えたら絶交すんぞ!脅しじゃねぇからな!」

ビシッと指を突きつけて、悟浄は荒っぽくドアを閉めて出ていった。


「…自分だって忙しくて顔見てないから会いたい癖に。素直じゃないなー」




029-2 Δ(デルタ)後編 

今回の話には一部NN様のご協力による部分あり。ありがとうございますv



028 菜の花

Hybrid Theory Top