017 √
コトンという軽い音で、目が覚めた。
多分、ドアの新聞受けに、郵便でも入ったのだろう。
ブラインド越しの強い光が、畳を縞に染めている。
(何時か?)
携帯を掴んで開く。
午後1時半。
着信の表示はない。ほっとしたが、何だか気抜けもする。
今月は必死にどの現場にも廻っていたけれど、
自分が居なくてもなんとかなってしまうんなら、
何をあんなに、焦っていたのか。
悟空が、単なる過労だと伝えたはずだから、
切羽詰ったことがなければ、出るまで棚上げしているだけかもしれないが。
(…暑苦しい)
こんな時間の布団の温もりはひどく自堕落に思えた。
休日でも、三蔵は昼は起きている−起きられるときは。
ダメなときは翌日朝まで死んだように寝通してしまう。
末端が重たいような体を何とか起こす。
軽い眩暈で畳が波打つような気がしたが、
こめかみが反響する頭痛もする。
おそらく、空腹のせいだ。
DKのテーブルの上には、
レトルトのスープや粥のパックと、パンやシリアルの箱が積んであった。
バナナで押さえてあるメモには丸っこい字で、
”冷凍庫も見ること。ちゃんと喰ってくれよな。
バナナは消化いいんだぞ。”
いつもは氷しか作ってない冷凍室を開けると、
冷凍食品がぎっしり詰まっていた。
「あいつ、自分並に喰うと思ってやがる…」
パックのスープを温めて皿にあけると、野菜の匂いに、きゅうと胃が刺激された。
ゆっくりと口に運ぶ。…なんとか受け付けそうだ。
歯を磨いて、もう熱が抜けた布団に転がる。
ここ暫く続いていた、虚空で、ふっと足場を失うような不安定なものではなく、
ゆるやかに快い眠気が、体をひたしていく。
波に攫われかけた瞼の裏に、閉じるのを忘れたブラインドの作る縞模様が、白っぽく反射した。
畳縁と、斜めの線が作る記号、Zに似たアレ、が、
(なんて、言ったっけか?)
平方根。
4なら2、9なら3、と数式の解が思いだせるのに、英語が出てこない。
(…どうでもいいことじゃねえか)
だのに、思い出せないということが、意識を一点で釣り上げて、眠りに泳ぎださせない。
天井が、数式だらけに見えてくる。
(3は割り切れねえんだよな…5、もか)
三蔵は虫を追うように顔の前で手を振り、寝返りをうった。
目の前の携帯が、充電器の上で震える。
(−どこの現場か?)
ディスプレイも見ずに出た。
「もしもし!」
「もしもし、−あ、三蔵…?病院じゃねえの?」
脳の言語機能だけが、まだ過労なのかもしれない。
名前が浮かばないのに、
指先が、先に熱くなった。
「あ…悟浄、だけど」
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